このところヴィーガニズムについてよく考えている。そのことを今日は書いてみたい。
20歳の頃から緩やかなベジタリアンだったが、30歳になってマクロビオティックに出会い、動物性たんぱく質を全く摂らなくなった。
中でもひどい差別にあった後の1年間は蕎麦屋にさえ、自分の作ったそばつゆを持っていき、出汁の鰹節や煮干しも避けた。
驚くことにその後2〜3年間は生理が止まった。
体質改善が、体の中でめちゃくちゃ起こったのだろうと思う。
ただその後世界中を旅するようになった。あちこちで珍しいものを食べたり、ご馳走されたりするに及んで、オーストラリアではステーキを食べたこともあった。
そしてそのまずさに驚き、それからいわゆる肉類は徹底的に避けたが、実家に帰ると父が「美味しい刺身を用意したから食べろ食べろ」と言われ、3、4口は手をつけていた。
しかしそのうち魚の生臭さに辟易するようになったが父が生きている間はそれでも父に付きあった。
父は小さいとき魚屋の息子だったので、自分で色々な魚を捌けるほどの無類の魚好きだった。私と兄と妹の中で一番彼に似ていたのは私だったので、「もう魚は食べなくてよくなった。
むしろ食べたくないの」と言って、死を目前にする彼をがっかりさせたくなかったのだ。
今は完全に近いヴィーガンであるが、着るもの、寝具類はまだ使ってしまっているものもある。
しかし今後は自分からお金を出して買うことは一切しないと決めている。
動物の命を人間が利用するというのをやめることがヴィーガニズムの大切な点だ。
翻訳者の友人は、ヴィーガニズムを「脱搾取」と訳した。また私の介助者であり、大切な友人でもある若い人は、ヴィーガニズムを「脱人間中心主義」と考えている。
ヴィーガンであることは、私がゆるベジであった20代の頃から見ると、随分と社会変革に影響をもつ活動になってきた。
またその生き方は大声でイデオロギーを唱えるより、身近な人にかなりの影響力を持つものでもある。
現在、気候変動、地球温暖化が進む中でヴィーガンであることは、個人的な健康の問題をはるかに超えた、環境保護活動の一部でもある。
もちろん個々人の身体は一人一人にとって重要な環境である。
環境保護活動を考えるなら、ヴィーガニズムは自分の身体と言う環境、そして大きな地球環境、そのどちらにとっても大いに意味のあることなのだ。
動物性食品を食べないとは、脱資本主義でもある。
どういうことかというと、今食肉産業は、私の目から見れば、動物を「商品」としてしか扱っていないと見える。
商品としての肉になるまで過酷を極める生存を強いられている。
そこで働く人々もまた、過酷な労働環境の中で、生きるために頑張り続けているだろう。
つまり戦後、強烈なスピードで工場畜産が広がってきたにもかかわらず、その実態は多くの人に知られていない。
乳製品は全く何も考えていないか、あるいは考えていても、放牧された牛がのどかに草を食んでいる風景を思い浮かべながら食べている人が、ほとんどではないだろうか。
私は娘が4歳ぐらいの時に、A社が関わっていた牧場を訪問したことがあった。
今から20年以上も前のことだ。
まだその頃はそれなりに歓迎されたが、今では全く見せてもらえないはずだ。
つまり、あまりにも過酷で目を背けたくなるような状況がそこにはあった。
母牛たちはほとんど乳腺炎で搾乳を休むための場所に詰め込まれていた。
乳腺炎とひと口に書いたが、大きな母牛たちのおっぱいのいくつかは、異様に膨れ上がり、その大きさはそれぞれの顔と頭の大きさを超えていた。
乳腺炎の母牛たちからは、牛乳を絞れないから数日、あるいは数十日搾乳をやめなければならないそうだ。
また何頭かの子牛は首と顔だけを出せる小さな箱のような小屋に閉じ込められ、母牛をずっと呼んでいた。
そして搾乳されていた母牛たちは、数頭が並んだ小屋の中で、機械をつけられ、1人のスタッフが忙しげに機械の様子を見守りながら動いていた。
娘は車のドアを開けた瞬間から、凄まじい排泄物の匂いに、鼻にぴったり手を当てたままだった。
それぞれの牛の様子をひと通り見てからは「帰ろう。帰ろう。」と連発するので、私たちは早々にその牧場から引き上げざるを得なかった。
しかし、私には聞きたいことが山ほどあった。乳腺炎の母牛たちはどんな治療を受けていて、搾乳を休ませてもらえる期間は最高どれくらいあるのかということ。
また、あの首だけ出している子牛には、どれだけ母牛からのケアがあるのかということ。
そして、凄まじい排泄物の匂いをどうにかしようと言う取り組みはあるのかということや、スタッフの労働環境の事など、いくつもいくつも疑問があった。
きっちりとヴィーガンになってから、友人たちと牧場ツアーを考えたが、大企業と提携しているところは無論、小さな家族経営のようなところでも、見学は完全にお断りされてしまった。
ヴィーガニズムの根幹である、脱搾取の立場をとれば、まず、工場畜産には大反対せざるを得ない。
なぜなら、現在の工場畜産では、動物が一つの「商品」として扱われているからだ。
肉を食べ物とみなすことと、それが終わらない限り家畜の解放はあり得ないだろう。
特に工場畜産の凄まじい現実は、気候変動や地球温暖化にも大きな影響を及ぼしている。
次回はそれについて書こうと思う。
◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ
骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。
アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。
障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。
著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。
2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。



















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