異性介助、同姓介助 / 安積遊歩

介助をしてもらう側として特に障害を持つ女性にとって、介助者が同性であるか異性であるかは常におおいなる問題だ。なぜおおいなる問題かということを考えたときに、介助の中でも、身体介助があるかないかが障害を持つ女性にとっての問題だ。そしてそのことをこの項ではよく考えてみたい。

 

障害を持つ女性の中には介助を通して、ごく稀なケースではあるが、障害のない男性に、親密間を抱き、両者の間に良い関係が生まれることもある。障害を持つ女性と非障害の男性のカップルの中には、身体介助を契機に関係が構築されているのだと感じる。

 

ところで今回は、身体介助の中に親密感とは真逆の暴力が介在したことによって、障害を持つ女性のほとんどが傷つき、多くの女性が身体介助を拒否していることを見ていく。その場合、複雑なのは介助と暴力が医療を伴っての場面が多く、介助と医療が暴力の中で渾然一体となっていることだ。

 

私は娘を産んだとき、絶対に男性医師とは安心な関係がつくれないと自分の身体の歴史上確信していた。出産のサポーターである医療に男性医師が多く登場するようになった近代、新生児の平均寿命は伸びたが、出産における女性の死亡率は戦後もそれほど変わってないということを私は娘を産むころに聞いて知っていた。

 

究極的な身体的接触が多い場面に男性医師が関わってきたら、安心感はこなごなに吹き飛んでしまう。その上、男性医師の暴力性や権力性からわが身も幼子も守らなければならないのは異様なタスクであると考えた。妊娠を自覚した直後から、安心感を共有できる女性医師を探した。

 

たぶん私は出生直後から、男性医師からの医療という名の暴力にさらされてきた。そのために、生まれてくる我が子には100%安心感に満ちた出生を保証したいという欲求がそのときには無自覚であったが私自身の中の深いところに脈々とあったのだと思う。

 

とにかく生まれてくる我が子には、医療や介助における暴力から無縁な場所で育ってほしいと激しく願ったのだった。ところで男性たちは障害を持つ女性への介助の中でなぜ暴力的であり続けるのだろうか。

 

医療行為としての介助を自ら要求して死に至った女性、2〇〇〇年に、京都で起こった事件。これは手を下した医師が男性であったことは問われていない。しかし殺された女性自身が異性介助を拒否していたにも関わらず、多くの男性介助者が事業所から派遣されたために疲れきって、殺されることを望んだとも言われている。

 

異性介助がなぜ問題なのか。よく見れば男性介助者から酷い暴力を受けているのは障害を持つ女性に限ったわけでない。最近の報道を見れば、知的な障害を持つ人は女、男に関わらず、施設の中で暴力にさらされ続けている。つまり、暴力の加害者は男性中心主義の仕組みの中にあり、男性が暴力的であっても当然のことのように許されてしまう。

 

つまり男性=暴力的だから異性介助はだめなのだと私は言いたいわけではない。前述もしたように暴力とは無縁であろうとあるいはいたいと頑張る男性も皆無ではない。そんな男性と出会うことで両者が、障害を持つ女性と非障害男性がカップルとなり幸せな人生を生きているひともいることは確かで、そのことは繰り返し言っておきたい。

 

私の娘の父親もそのような男性の一人であった。暴力を心底拒否していた彼だったからこそ、娘もまた強迫的なセクシャリティの混乱もなく成長したのだろうと私は思っている。しかし私自身は残念ながら、医療からの暴力で、男性たちに対しては恐怖や嫌悪感や拒否感がないまぜな中で若いときを過ごしてきた。

 

車椅子を使うようになってからは男性介助者と歩くと車椅子を押してもらうときやおんぶが必要なときの安心感はあるのだが、トイレに行きたい場面では率直さと安心感の中で「トイレに行きたい」と言えない自分を感じ続けてきた。今思えば自分の暴力性を嫌悪し、優しさ繊細さのある男性を直感で見抜き、介助を頼んでいたにも関わらずだ。

 

それは今でも変わらない。ただ、前よりも身体が動かなくなってトイレに立つのが苦痛になった今、トイレポットを家の中で簡単に使おうとするときに介助者が男性であるときには自分の中にまだ躊躇があることに気づいた。それはあくまでも躊躇ではあって羞恥心ではない。障害を持っているが故に、セクシュアルオブジェクトとしての女性として育てられなかったからか、羞恥心という感じではなく、あくまでも躊躇、ためらいなのだ。

 

そこでまたまた自覚したのは、自分の身体で受けてきた男性からの暴力の数々だった。私が何をされているのか訳のわからない恐怖でいっぱいになっているときに、鼻歌を歌っていたレントゲン技師。ギブスで下半身を固められているときに、下着をちゃんと履かせてあげると言って私の拒否を封じ込んだPT。そして麻酔の覚めかけた中で聞いた男性医師たちの猥談…。大人の私は、優しくて良い人だと知ってその介助者に介助を頼んでいるのに、心の深いところにいる小さい私が不安を感じているということに気がついた。

 

異性介助の問題性は個人個人の資質とか介助者の人間性ではなく、この男性社会のそして歴史上の男性のひたすらな暴力性がもたらしているものであるのだ。男性であっても暴力とは全く無縁に育ち、暴力を嫌悪する側で構成される男性たちばかりの社会ならば、異性介助の肯定も将来的にはありうるだろう。男性のミソジニーと、女性の歴史的な男性に対する恐怖、それが一体となっているこの世界…。次回は、男性障害者と女性の介助者との関係についても書いてみたい。

 

◆プロフィール

安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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