遊歩ノーボーダーのこと~初めてのドキュメンタリー/安積遊歩

本を何冊も書いてきたが、ドキュメンタリー出演は今作が初めてのことだ。

まとめて私の人生を記録しておくのは面白いと思っていたが、言いたいことや撮っておきたい事柄は結構あるので、どこに焦点が合うのか、合わせたらいいのか、若干悩んでいた。

しかし、自分から見ている自分では無く、この重度健常者社会の、とくに女性の監督、淺野さんが見た私を撮ってもらうのもいいかなと撮影を4年前に承諾。
その後2年間、私の提案と彼女の撮りたいところをガンガンと交えながら撮影は終了。

本当ならすぐにも公開したいと言っていた淺野さんだったが、それができない事情が勃発。
それは、私の映画の前に、淺野さんがプロデューサーで、監督が藤野さんというコンビが『どうすればよかったか』というドキュメンタリーを公開した。

それが、観客動員数18万人以上、興行収入一億数千万という、空前の大ヒットとなったのである。

そのために、私の映画は2年遅れの公開となったが、それもまた良いタイミングであったかもしれない。
なぜならこの『どうすればよかったか』に対して、私は自分の生き方が1つの明確なアンサーのように思え、それを藤野さんと浅野さんに何度か話をした。

2人も、それぞれに、それはそうかもしれないと受け止めてくれ、『どうすればよかったか』の舞台挨拶の中で、藤野さんはそれを言語化してくれたと言う。

『遊歩ノーボーダー』は、社会からかけられた様々な抑圧差別を、幼い時から出来る限り、丁寧にひっくり返し続けてきた物語だと思っている。

自由に生きる今を手に入れるまでのストーリーでもある。

それに対して2人の前作は、藤野さんのお姉さんにかけられた、様々な抑圧差別をしっかりと描き切った。
ただその答えが、家族の中で懊悩するのみで、いや、両親としては、懊悩ではなく隠蔽することに終止していた。

その中での答えが、藤野さんが、それぞれのそばにいることをあきらめず、家族を見捨てることなく、ドキュメンタリーにしたことだ。

この映像そのものが、お姉さんへの愛の讃歌で、答えであるとも言える。

私の映画は、先天的に弱い骨を持って生まれた私が、まずは医療の場で体改変の取り扱いに抵抗し、教育の場で隔離と分離を拒否し、人としての自由を掴み取ることを、障害者運動を通して、実現した物語だ。

幼い時から、この体を徹底的にダメ扱いしてくる社会に対し、声を上げる力はどこから湧いていたのか。

私は浅野さんが興味があるということで近づいてきてくれた理由「複合差別」の観点にまず惹かれた。
それは昨今、インターセクショナリティとも言われるようになったが、私のようにいくつもいくつもの差別の交差性の中にいながら、それをはね返し続ける生き方は、確かに容易ではない。

容易ではないにもかかわらず、その真っ只中に生きていると、私にとってのこの生き方は、あまりに当たり前で、それ以外に生きられなかったのだ。

私はこの映画の中で、私の人生に対し、最も影響を与えてくれた青い芝の会との出会いを語っている。
そこから始まり、子供、特に女の子。

そして中国、シベリアで戦争に人生を巻き込まれまくった父親。
東北の風土の厳しさの中で、小作農として、貧困の中に家族を養った両親を持つ、双子の姉であった母親。

私が生後2歳までいた家は長屋だった。トイレも台所も外にしかなく、お風呂は町場の銭湯を使った。

障害、貧困、女性、そして小学校に入学する頃には、教育からの排除も受けるかもしれないというおびえの中に両親はいた。
しかしそこは掻い潜ることができたが、養護学校に2年半転校した中で、私は性暴力にも遭ったのだった。

およそ生まれてからの10代まで、医療と教育は、私のそばに敵としてあり、私を味方してくれるものではなかった。

養護学校に2年半行き、地域の中学校を卒業した後は、私は在宅障害者になった。
映画の中で、私たちが作った『しどろもどろ』からの引用があった。当時の仲間たちの生き生きした姿に、私の命の原点を見る思いがした。

しかし仲間以上に、今の私は、妹と母の存在に守られてきた。
妹との語りの部分は、この映画を見てくれた観客の人たちからの声の中でも、彼女の存在の大きさと豊かさが、きちんと伝わっていてうれしい部分だ。

その観点からこの映画は、障害を持つ私と、母、妹、そして娘との4大記とさえも言えるものだ。

私が娘を妊娠したときに撮ったマタニティーヌードの使用を了承し、1枚だけ使われている。
その映像は、遺伝的障害を持った女性が妊娠することを禁じた社会、つまり強制不妊手術を跋扈させた優生保護法に対する、柔らかで、同時に激しい抵抗の証明でもある。

私は中学1年の頃から、優生保護法の存在を知り、その文言に傷ついてきたが、この1枚は、それらとの決別の宣誓だ。その思いを受けて、娘は誕生し、彼女との語りも優生思想からの自由を、存在として、生き方として志向するものだ。

そして最終的な圧巻は、私と若い介助者たちとのインタラクションだ。
私は自分の周りに欲しかった世界を、七転八倒しながら築こうと努力してきた。

この社会は、血族家族至上主義の、特にヘテロセクシズムに満ちた世界を構築することこそが、人としての成功と幸福であると言ってきた。

しかし私が作った世界は、それらには収まらない世界で、今私は、介助者と呼ばれる人との関係の中に、日常生活を生きて、そこでの泣き笑いを幸福の指標にしている。

関係構築の選択と自由、そこに移動の権利の保障、社会的な背景に脅かされずに、コミュニケーションする楽しさ。
そうした新たな生き方を提案する『遊歩 ノーボーダー』を、ぜひ見てほしい。

◆プロフィール

安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。
アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。
障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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