「揺らぎに寄せて」 / 牧之瀬雄亮

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

今はもう死語となった言葉の中に

「お天道様はお見通しだ」

というのがある。

「〜騙せない」「〜に申し訳が立たない」とか、そんな言い方もあった。

兎にも角にも「お天道様」はつまるところ、体裁をいくら取り繕ったところで、内心の悪事さえ見抜いているということを、私は幼い頃爺さんや婆さんに言われたような気がする。寺の人が経営していた保育園に預けられていた頃に「阿弥陀様は〜」とも言われた。

それは当時の自分にとってはある種の「恐怖」でもあった。大人も友達も指摘していないが、自分の罪、悪行を思い起こすと、保育園児の時点で既に、「地獄行きだな、僕は」と思ったものであった。

寺の保育園だからなのか、今思えば芥川の『蜘蛛の糸』を紙芝居で見せられていたからなのか、ひとりで家まで帰るようなときには、「歩く地面の、この下には、自分の足の下の地面の中のずっと下には、きっと地獄が広がっているのだな」と想像し、自分はきっと主人公『かんだた』のように、下から登ってきた他の亡者を蹴落として、折角の極楽への糸をぷっつり切られてしまったり、または無残に蹴落とされる亡者こそが、自分であるだろうなどと思いながら、鎮痛な顔で歩いていた記憶がある。

その超越的道徳話の紙芝居を読んで聞かせた保育園の先生は、あのころ齢二十歳そこそこであったろうから、どの位の得心であの話を我々園児に聞かせていたのだろうか。

時を経て、あのときの先生の歳を悠に超えた私のそばに我が子が居る。

道徳は自然に備わるということを期待しつつも、不道徳な私が道徳が説けるものだろうかという考えが、いつも頭に去来する。

しかし、私に説く資格があるかどうかと自問自答する間に子は育ち、また道徳を問われる場面が我が子自身にとってもやってくる。

私に出来ることはあるのか。

私はここからここまでが徳である、良い行いであると、大まかにぼんやりと勘づいている気がするという程度に過ぎない。

しかし、遠くに点を打つことは出来はしないかと、何故か楽観的に思うのである。

さて、新生土屋こと「株式会社土屋」は、「多様な声が聞こえる交響圏へ」という言葉を掲げた。

馴染みのない言葉ではないか。

しかし、航路は通りやすいから。とか、みんなそう言ってるから。とか、そういうことで決まるのではない。

目指すものがあるから初めて航路は海図に引かれるのである。

「新天地を求めたコロンブスはインドを目指してアメリカに行ったではないか」という反論もあろう。

しかし、あれはなんだかんだヨーロッパに富をもたらしたから成功だと言われているが、一つの“賭け”であったことは疑念の余地はない。“成功”と言い張るためにネイティブアメリカンを根絶やしにまで追い込んだ。

新生土屋の引いた海図は、「交響圏」へ引かれたのである。

従業員を数としてしか見なかったり、同業同士のシェアの奪い合いに躍起になったり、体裁の繕いなどに心を割いたりする、そんな誘惑を物ともせず、是非この海図をひた走って欲しいと切に願っている。

道徳は絵に描いた餅では余計に寂しい。体現してこそである。

新生土屋が往く後から立つ波が、ひとり、またひとりと、揺れ揺らし、重なり広がり続け、倍音に倍音を重ねた壮大な交響圏が広がって行くことを祈っている。

かくいう私も、この新生土屋の出立を聞き、嬉しくなった一人である。

それ以来道徳を一方的に説くのではなく、私は我が子と考えていくことにした。彼らを調律するのではなく、私が鳴りつつ、彼らの音に身をまかすのだ。私は我が子と私の間に起こったこの変容が心地よく、この示唆を与えてくれた新生土屋の面々には、お礼を申し上げたいと思います。

常体と敬体を揃えろというのが通例としてあるのだが、「ばかを言え揃えない味わいに気づけ」と、悪態をつくという悪行を一つ添えて、筆をおきたいと思う。

◆プロフィール
牧之瀬雄亮(まきのせゆうすけ) 1981年、鹿児島生まれ

宇都宮大学八年満期中退 20+?歳まで生きた猫又と、風を呼ぶと言って不思議な声を上げていた祖母に薫陶を受け育つ 綺麗寂、幽玄、自然農、主客合一、活元という感覚に惹かれる。思考漫歩家 福祉は人間の本来的行為であり、「しない」ことは矛盾であると考えている。

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