私が介護を始めた理由 / 川田貴之(ホームケア土屋 沖縄)

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

現在、沖縄県でオフィスマネージャーをさせて頂いている、川田貴之と申します。 私は、前職でガス会社に勤めており、営業の仕事を主にやっていました。 元々、人とコミュニケーションを取ることが好きで、人と接することで仕事ができる営業は 私に合っていると思い勤める事になりました。

しかし、現実はそう上手くいかず、私が想像していた仕事とは全く違い、営業といっても上司から舞い降りてくる仕事を行い、事務処理、見積の作成が主で、人と接するといった仕事は全くありませんでした。一年目の社員に営業はまだ早いといった雰囲気があり、営業の難しさを痛感した一年目になりました。

結果、 3 年間前職では勤めさせて頂いて、それなりに営業に行かせて頂いたのですが、もっと充実した日を過ごしたい、人 1 人ともっと接する仕事がしたいと思い、退職を決意しました。

どんな仕事がいいのか色々考えて母親にも相談していた所、「医療機関、福祉関係の仕事は 1 人 1 人の利用者、患者さんとコミュニケーションを取れて、あなたには合っているじゃない」 とアドバイスをくれました。母親は看護師をしていて、患者さんとの話や、医療現場の話を小さい頃からよく聞かされていました。

これまで、営業職での再就職を考えていたのですが、医療・福祉関係でも考えてみようと思 いました。
ただ看護師になるには、資格も無いし、今から学校に通う経済的な余裕は無かったので介護職で探してみる事にしました。

介護施設で働いている友人が居たので、話を聞いてみると、その施設は特別養護老人ホームで高齢者の方々の支援を主にやっており、お昼になるとレクリエーションなども行っていて、時々見せる利用者さんたちの笑顔を見るのがとても好きだとおっしゃっていました。その友人の話をしている時の顔を見ると、とても活き活きとしていて充実しているなとそ の時感じました。

その施設に就職しようと思い、友人に雇用形態の話を聞くと、無資格、未経験は契約社員で、資格がないと正社員になれないと聞き、それは厳しいと思い断念しました。その時から、介護職で求人を探していた私は、「未経験・無資格でも大歓迎」の文字に惹きつけられて介護業界に足を踏み入れ、現在に至ります。

重度訪問介護は、友人に聞いていた施設との仕事とは異なりますが、人 1 人の生活のサポ ート、生活の一部になる事で利用者さんの生活を守っていき、時にはお喋り相手にもなり、 私がやりたかった人と接する事ができ、充実した一日を過ごす事ができています。 母のアドバイスと友人の話を聞いた事により、介護業界に興味を持つことができた事が介護を始めたきっかけに繋がりました。

現在は、オフィスマネージャーをさせて頂いて、病院などの営業を行っていて前職で学んだ 営業の知識というのも活かせており、無駄な事なんて無いなと実感しました。これから、様々なチャレンジをし、福祉業界を更に盛り上げて介護難民を減らせるような働きをしていきたいと思っています。

川田貴之(かわた たかゆき)
ホームケア土屋 沖縄

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