読書について③ 私の選ぶもう6人の作家 / 浅野史郎

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

吉村昭「戦艦武蔵」
吉村作品は、すべてが素晴らしい。ベストを選ぶのは至難の業だが、あえて「戦艦武蔵」を選ぶ。
戦艦武蔵を主人公にした壮大な記録文学である。多くの人たちの極限までの努力によって完成し、大戦での活躍が期待されていた戦艦が、戦わずして非業の終焉を迎える。悲劇といってもいいが、作者が描きたかったのは、壮大な愚行としての戦艦建造であり、それは戦争全体が途方もない愚行であることを示唆している。吉村の小説は、どれも読者を粛然とさせる。「戦艦武蔵」はその典型である。

司馬遼太郎「坂の上の雲」
司馬文学のファンの中では、「坂の上の雲」と「竜馬がゆく」が人気を二分する。「竜馬がゆく」は、読みやすいし面白さでは群を抜いている。その分、深みが感じられない。「坂の上の雲」は日露戦争をめぐる人間模様を丁寧に描いた力作である。司馬遼太郎独特の語り口に引き込まれる。史実として正しいかどうかの議論があるが、そんなことはあまり考えずに読むのがいい。

桐野夏生「柔らかな頬」
彼女の作品は、最新の「ハピネス」まで20冊近く読んでいる。すべてが心に残るわけではない。星取り表でいうと8勝7敗ぐらい。あまりに毒々しいストーリーで読後感がいまいちのものも少なくない。勝ち星は、「OUT」、「柔らかな頬」、「残虐記」など。いずれも、推理小説の匂いがする作品である。「OUT」は日本推理作家賞受賞作だし、そもそもデビュー作の「顔に降りかかる雨」は江戸川乱歩賞を受けている。

直木賞受賞作の「柔らかな頬」が私のベスト。北海道から家出してきたカスミ。そのカスミの5歳の娘が、不倫相手の別荘に夫婦で遊びにきた時に、謎の失踪を遂げる。心理的サスペンスを推理小説手法で描く。文学的香りも漂う。桐野夏生の最高傑作という評には私も同意。

浅田次郎「壬生義士伝」
浅田の作品は、戦争もの(「終わりなき夏」、「シエラザード」)、ピカレスク(「プリズンホテル」、「きんぴか」)、SF的(「地下鉄に乗って」、「憑神」)、時代もの(「輪違屋糸里」、「壬生義士伝」)、中国もの(「蒼穹の昴」、「中原の虹」)、人情もの(「鉄道員ぽっぽ屋」、「天国までの百マイル」)と広範囲に及ぶ。そのすべてが、面白い。感動する。小説を書くつぼをつかんでいる。小説巧者である。

浅田作品から一つだけ選ぶのはとてもむずかしいが、ここでは「壬生義士伝」をベストとして選んだ。新撰組に入隊した吉村貫一郎の非業の生涯を、隊士や教え子が語る。郷里南部藩の景色の描写がいい。南部ことばの台詞が実にいい。読み終えて、深い文学的感動を覚える。

浅田次郎は、こんな真面目一方の作品を書くかと思うと、抱腹絶倒のエッセイ集「勇気凛々ルリの色」もものしている。電車の中で読んでいて、笑い声を抑えられなかったのは、この他には、東海林さだおのエッセイだけ。この落差が浅田のすごいところである。

横山秀夫「クライマーズ・ハイ」
横山秀夫は、地方新聞の記者として警察担当の経験がある。作品のほとんどが警察ものか、新聞記者ものである。例外は「出口のない海」。戦争もので、感動的な佳品であり、私のベスト2にランクさせたい。最新作の「64ロクヨン」は警察もので最高傑作という書評もあるが、私の最高傑作は、「クライマーズ・ハイ」である。

御巣鷹山への日航機墜落事故を取材する地元新聞社の記者としての苦悩、新聞社内の争いが主題だが、それに登山仲間の安西の病死、その息子との谷川岳衝立岩登攀、自分の息子との葛藤がからまる。実際の航空機事故が、ドキュメンタリータッチで描かれており、迫力がある。なぜ山に登るのかに対する安西の言葉、「下りるために登るんさ」が心に残る。

宮本輝「流転の海」
大河小説である。主人公松坂熊吾の波瀾万丈、浮き沈みの激しい、破天荒な人生航路を描く。息子(作者がモデル)が生まれた頃から始まって、実にゆったり、ゆっくりと松坂家の様子が描かれる。作品の中での人物の心理状態の細やかな描写が心に残る。自然の描写もとても丁寧である。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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