「出帆」Part 1 / 古本 聡

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

企業組織はよく船に例えられます。大型の客船かはたまた、それよりは小さめのクルーザーかは別として、私も自分の通訳・翻訳会社を運営していた頃はそんなイメージを抱いていました。特に最盛期には。

昔、船乗りの知り合いに聞いた話ですが、大型客船の乗組員の組織構造は非常に合理的、機能的かつ民主的なのだそうです。一旦大海原に出てしまうと客船は、そこに乗船している乗組員も乗客も、いわばお互いに運命共同体なのですから容易に頷けます。また、事故や遭難の時にはサッと見事に堅固な指揮系統が築かれるのだそうです。しかも、普段は気ままな旅を楽しんでいる乗客でさえも、その系統に何の抵抗も示さず入るというから驚きです。きっと長い航海の中で自然とそういう団結心や人間関係が出来ていくのでしょう。

ただ、船上の組織構造は、一般的に企業のものとは違って、ピラミッド形状ではなく、船首に立つ船長を先頭に、甲板上に並ぶ人々で描かれる三角形の様だともいわれます。船長の後ろに副長(通常は2人以上)、次に航海士や通信士、またその後ろには機関士、技術士、保安員・・・、そして三角形の真ん中あたりから後方には医師、看護師、パーサー、一般客室係やメイドなどが並ぶのだそう。つまり、横の繋がりを重視した構造とも言えるでしょう。船長は副長たちと目的地と進路を決定し、その後ろにいる乗組員たちがそれぞれの役割と技能で航海を実行するのです。そして、航海中に起こることすべてに責任を負う船長には、客室係の今日の勤怠状況、乗客の健康状態に至るあらゆる情報が届けられ、逆に、今日の船長のスケジュールは全乗組員が知っていて、必要があれば乗客も知ることができるそうです。それは即ち、前後・左右、どの方向の情報伝達、コミュニケーションも正確に、そしてスムーズに行われている、ということだと思います。

企業もこうでなければ!と私は前々から思っていましたが、中々そういう図を自分自身でも作りえなかったし、そういう企業を見かけたこともありませんでした。しかし今回、株式会社土屋に参加させてもらって私は、やっとこの目で、あの理想的な船上組織が見ることができること、そしてその一員になることにやや強い緊張感を覚えながらも心躍らせています。

株式会社土屋「ホームケア土屋」は2020年10月に活動を開始しました。私はこの出来事を、船に準えて「出帆」と表現したいのです。私の長年の夢を叶えるためにも。

さて、私たち(株)土屋のメンバーは、この私たちの船である会社を「新生土屋」と呼びます。その呼び名には私たちの決意、希望、期待、愛情が詰め込められています。介護部門でのソーシャルビジネスという大海原に進み出すにはピッタリの呼称ではないでしょうか。

新生とは、新しく生まれ出ることの他に、生まれ変わった気持ちで新たな人生を歩みだすこと、さらには心も装いも、そして行動も刷新すること。新生土屋はまさにそういう会社——船なのです。船は建造され進水した後、更に仕様を向上させ、乗組員の働きやすさと乗客の船上生活での満足を大きくしていくために数年に一度マイナーリフォームが施され、それに加え10年に一度は定期大改修を受けて刷新し、より多くの人々を乗せ、より遠く、より広い大洋へと出て行くのです。

新生土屋にも同様なプレストーリーがあります。

前身の「土屋」という船は、介護事業の全国展開という大プロジェクト―大航海に挑み、数年間でそれを成し遂げました。しかしながら、その実現過程で私たちが経験したのは、目標により早く到達することに集中しすぎたために自分たちの中で生じた葛藤、そして苦しみでした。

本来、ビジネスで重要視すべきは活動の果実(成果)のみではなく、それを育て実らせるプロセス、力を尽くしたワーカーの満足、サービスユーザーの喜びと信頼です。ましてやソーシャルビジネスでは・・・。そうして、船の運航に例えれば、乗組員は疲弊し、また乗客の一部は十分に満足のいく船上生活を得られないままとなってしまったのです。そうです、航海を楽しむということをいつしか忘れていたのです。

私たちの船は大型客船なのです。他船よりも早く漁場に到着し、より多くの漁獲を得るために船員を酷使する外洋漁船でもなければ、敵の動きを睨みながら優位な水域を占拠すべくフルスピードで進行する、多少の水兵の犠牲は厭わない軍用艦船でもありません。大型客船の航海は品位と余裕のあるものでなければならないのです。

他社の例ですが、毎年、働きたい会社ベスト100で1位、2位を必ず獲得している、自由な社風で有名な超巨大企業Google。その企業文化を表す有名な言葉に「Don’t be evil」というものがあります。「邪悪になるな」と訳されますが、真の意味は、「目先の利益ばかりを追って、下品で醜悪になってはいけない」ということです。

これは正に私たち、ソーシャルビジネス企業の言葉です。

私たちは考えを改めました。そして、生まれ変わろうとする強い意志、変革をエネルギーにして、新生土屋は「日本一働き甲斐を感じる、日本一サービスを受けたい介護会社」を目指して思い切った大改修を行い、再び航海に出ようとしています。今度こそ、進むべき航路を進もうと・・・。私たちの出帆です!

> Part 2へつづく

◆プロフィール

本聡(こもとさとし)

1957年生まれ。

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。

18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

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