世間の皆様に先ずは重度訪問というものを知ってほしい / 中込和也(ホームケア土屋 関東)
この本を読んで、多くの方に、先ずは重度訪問介護という制度の存在を知ってほしいです。障害当事者の方はもちろん、そのご家族の方、お知り合いの方、施設の職員、相談員さん、のみならず福祉と関係のない人にも(世間の皆様と書いたのはそういう意味です)とにかくまずは知って欲しいです
私はこの会社のいち平社員です(土屋ではアテンダントと呼びます)。アテンダントからの切り口で、この本を書評します。
制度の歴史や、こういう人が立ち上げた、こういう社員のいる会社がある、そして介護サービスというものがあり、それを利用して良いんだ、重度訪問介護というものを利用すれば諦めなくてもいいんんだ、ということを、とにかくまずは知って頂きたいと強く思い、筆を執ります。
著者は、我が社の代表、高浜さんです(株式会社土屋では代表であっても専務であっても、さん付けで呼びます)。プロフィールや経緯は本書に自伝として書かれているので御一読下さい。代表は、映画監督のイ・チョンドン氏や福沢諭吉の言葉を引用したりしていますが、私は常々、明治維新の立役者、あの坂本龍馬と重ね合わせてイメージしてしまいます。
①武道なりスポーツなりの達人であり、そのうえで本当の意味の強さというものを理解している点。
②経済の重要性・必要性を真に理解して実践できる点。
③強いリーダーシップ、求心力、を持つ点。
④そして何より黒船来航以来の混迷する日本を維新に導いた英雄と、『日本の福祉の未来を切り開くため奔走』している姿が、私にはどうしても重なるのです。
〔第1章〕は、そんな代表が若き日に『目の当たりにした』重度障害者の『過酷な現実』が記されています。この現実をドゲンカセントイカンということが、スタート地点なのです。介護はおいしい、とか税金だから取りっぱぐれがない、とかの考えとは対極をなすのです(サブタイトルが「ビジネスにした男」などとなっているので、誤解のないよう念のために書きました)。
〔第2章〕には、公的支援の制度の歴史(歴史などというと遠い昔のようですが、ほんの20~30年前です)と代表が株式会社土屋を立ち上げるまでが書かれています。『制度はあるのにサービスが使えない重度障害者たちがいる』『重度訪問介護制度は出来たのに実際には希望しても利用ができないという矛盾』に立ち向かい、独立を決意したのです。
加えて、86ページ、『資格があっても必ずしも障害者本人にとって良い介護者とは限らない』との記載が身に沁みます。
〔第3章〕でいよいよ私の勤める株式会社土屋を、代表が立ちあげてからのことが書かれています。重圧を感じながらも『他の人がやらないなら私がやる』との気持ちです。私が“世間の方々”に読んでいただきたいのが特にこの部分です。重度訪問介護という制度を、株式会社土屋という会社を、まずは知って頂いて、身近に感じて頂いて、[なんだ、諦めなくてもいいのかな][こういう会社ならチョット信用してみようかな]と気づいてほしいのです。
エピソードもいくつか挙げられています。
この章で、重度訪問介護難民が生まれてしまう要因も挙げられています。
①(そもそも)自宅で暮らせると思っていない当事者(ご家族)が多い
②制度そのものの認知度が低い
③自治体の財政負担が大きい
④自治体ごとに熱意の差がある
⑤サービス提供のための事業者・人材が少ない
〔第4障〕では、株式会社土屋の、介護難民を救うための仕組みについて書かれています。つまり、事業を立ち上げて、それをビジネスとして持続する。その為に人材(私もその末席の一人です)を確保する、その為にお給料も高めにする、ということです。
『社会課題と営利追及を両立するにはオンリーワン』のモデルなのです。経済を無視した理想論だけでは結局問題を解決できないまま、破綻してしまうという意味の、二宮尊徳の『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳(理念・理想)は寝言である』という言葉は160ページにあります。
もっと私〔59歳〕が感銘を受けたというか心強く思ったのは、176ページの『60代のスタッフが何人も第1線で活躍していますし70代のスタッフもいます。人生を重ねた分、人間性に深みが出てクライアントへの共感力が高くなるという強みがあります。』との部分です。実際その自負はあります。
『どんな人材が活躍しているか』、エピソードをかなり紙面を割いて紹介していますのでこちらもぜひ読んでいただきたいです。
〔第5章〕では、『必要な人が必要な介護を受けられる』社会にすることが社会課題である、つまり、株式会社土屋の課題であると明確に記しています。(株式会社土屋は単なる営利企業ではなく、社会問題の解決を目的とした社会企業であることは、入社直後の研修で学び確認します)。
そして、『介護サービスは当然の権利なのですから、あなたらしく生きることを諦めないで欲しい。そのために私たちはいるのです。』と締めくくられています(介護をビジネスにし、利益を確保することは、その為の手段なのですね)。
私が、支援に入らせていただいている御宅のなかには、重度訪問介護という制度がどういうものか以前に、介護サービスがどういうものなのかを納得いただいていない御宅もあります(ご両親共に90歳前後です)。
『介護は家族がするもの』、しなければならないものとの思い込みがどうしても、離れません。医師や看護師には毎回毎回「この人に何もかもやってもらっちゃってるんですよ。」などと申し訳なさそうに仰ったり、レスパイト入院を何とか利用して頂いても責任感からか面会に行きたがったり、オムツを届けに行ったり、ちっともレスパイトになりません。
どうか、“世間の皆様”がこの本を手に取り、『私たちがどんなビジネスを行い、どのようにして社会を変えようとしているのか』をまずは、知っていただきたいのです。そして、ご家族の方・お知り合いの方は教えてあげて欲しいのです。「なんか介護サービスというものがあって当然の権利として使えるらしいよ。」「なんか重度訪問介護というサービスがあって、家で暮らすことを諦めなくてもいいみたいよ。」「なんかやっぱり、生き続けよう。」と。