『わたしの心象風景』【後編】 / わたしの

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

四月の気層のひかりの底を私は娘と二人、歩いていた。

「お菓子はひとつまでにしてね」

「うん、わかった!」

娘はやけに素直に返事する。お菓子を買ってもらえるのですこぶる機嫌がいい。

セブンイレブンで買うお菓子といえば、

・ねるねるね~るね
・ブラックサンダー
・カプリコ
・アンパンマンのペロペロチョコ(特にメロンパンナちゃんのやつ)
・いちごつみ
・ラムネ

・・・などなど。

お菓子を買って裏道を歩き、稲荷神社まで歩く。

その神社は我家では通称:コンコンと呼ばれている。
赤い前掛けをした石造りのお狐さまが二体あるので、いつの間にか娘が呼び始めたのか、大人から呼び始めたのか定かではないが「今日はコンコンに行こう!」と言うようになったのだった。

娘はそのお狐さまのお世話が好きで、葉っぱや石を供えて背中をよしよしと撫でるのである。

コンコンにいる猫のお世話も好きだった。

杜の中に石のテーブルとベンチがあり、その下が猫の家になっているらしい。
そのベンチに座ってセブンイレブンで買ってきたお菓子をよく食べた。
私は娘がお菓子を食べている横でおにぎりを食べたりかけそばをすすったり食事をしたものだ。

コンコンには広場があって遊具もいくつか備わっている。
鉄棒、アーチ型の雲梯、滑り台(2000.5月撤去)、飛び石。

いつの間にかひとりでできるようになった。

一番高い鉄棒にも手が届きぶら下がることができるようになった。

あっという間に成長していく。

抱っこ、おんぶしていたのに、やがてよちよち歩くようになり、今ではひとりでスタスタ前を走っていく。

ほんとうにあっという間だ。

嬉しいような、少し寂しいような。

娘にせがまれて砂によくアンパンマンを書いたものだ。

欅を囲んだ丸いベンチに座って、砂遊びの様子を私は眺めていた。砂の中からは色々なものが発掘される。いつだったかムーミンの小さな人形が出てきてそれをお土産に持って帰ると言って聞かなかったことがあった。
ハム太郎のペンキャップが出てきたこともあった。

大きな鈴をガラガラ鳴らして、神社にお祈りするのも上手になった。

「今度の引っ越しがうまくいきますよーに!」

「よーに!」娘も目を閉じて頭を下げて祈っていた。

二人で手を合わせる。

墓地に抜ける細道にはお地蔵さんが並んでいて、そこを通る度にお地蔵さんにも挨拶する。

「家族が幸せに暮らせますよーに!」

「よーに!」

願いが届きますよーに!

墓地を抜けると上水に出る。

水車がある。

まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
春 夏 秋 冬 連れてこい
春 夏 秋 冬 連れてこい

まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
咲いて 実って 散ったとて
生まれて 育って 死んだとて
風が吹き 雨が降り 水車まわり
せんぐり いのちが よみがえる
せんぐり いのちが よみがえる

(『かぐや姫の物語』より)

上水沿いに生えている植物。

そして、その植物に集まる虫たち。

人一倍元気で、5秒とじっとしていられずすぐに私の手をすり抜けて走り出す娘が、3歳になってほんの少しだけ落ち着いて歩くようになるまでは、そんなものに目を向ける余裕もなかった。

(今でも15秒くらいしかじっとしてない)

ちょっと足を止める。

二人で道にしゃがんでカラスノエンドウの花に群がるアブラムシと、そのアブラムシを食べるテントウムシを観察していた。

緊急事態宣言のとき、ベランダで育てていた野菜たちに大量のアブラムシが発生して困った。
その時はカサカサ(近所の水の流れていない河原の通称)に行ってテントウムシを捕まえてきてアブラムシを退治してもらった。

そこからベランダのことをテントウムシ農園と呼んだ。

おかげさまでトマト、ナス、ピーマン、唐辛子、バジル、たくさん収穫することができた。

人々の生活を見守ってきた大きな欅。

その欅は上水をまたいで根を張り、梢を天高く伸ばしている。橋のなかった時代はその根を橋がわりにして人々が上水を渡っていたとも言われている。

部屋からでもよく見えるほど大きい。

左に曲がると梨畑があって、さらに進むとマンションが見えてくる。
外壁がピンク故に、娘が「ピンクのおうち」と呼んでいるマンション。
「離れたくない」と言うマンション。

もうすぐ引っ越し。

この土地ともさよなら。

引っ越しが決まってから景色がさらに輝きを増して、愛しく、さよならしたくないと強く思う。

名残惜しい。

ずっと「早く出ていきたい」と文句を言っていたのに。

悪態ばかりついていた。

ずるいな。

この場所を離れることが決まってからは寂しくてしょうがない。今更にこの土地ののどかさや自然の豊かさや景色の美しさに気づくのである。

全然、今を、生ききれていない。

もっともっと今を、生きたい。

足りてない。

死んでいくときも同じになっちゃう。

もっと生きていたい。

離れたくない。

あれやっとけばよかった。

これやっとけばよかった。

後悔ばかりになってしまう。

今よりも五倍、今を、生きなきゃ。

瞬間のありがたさや、美しさを味わわないと。
それらを身にしみて味わえる人間になりたい。

十年住み、長い闇夜があって、そして娘が生まれ、ずっと散歩してきた道。
子どもを育ててきた土地。

さよなら。

またいつか。

(風景はなみだにゆすれ)

砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり

れいろうの天の海には
聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ

ZYPRESSEN 春のいちれつ
くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ

その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに

(かげろふの波と白い偏光)

まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ

(宮沢賢治『春と修羅』より)

ーおわりー

 

 

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