小さな自分を抱きしめて~アルコールについて その2~ / 安積遊歩

先回、アルコールについて書いたが、全く書き足りないなと思ったので続きを書くことにする。

何より厚生労働省のアルコール依存症の患者が46000人という統計について自分で引用しながら釈然としなかった。だから今回は、私が自分の体験を含めて大胆に推論してみる。

私は毎日の晩酌をやめられないとか、休みの日は朝から飲むという人だけが、アルコール依存症と結構長い間思ってきた。しかしそれは違う。例え月1回でも泥酔する人はアルコール依存症となり、さらに飲んだ時に、2回ブラックアウトをしていれば、アルコール依存症と言われる。これは数十年前に、アルコール依存症の専門病院の記事から得た知識である。ぜひ興味を持たれた方は、さらに調べてほしい。

私自身も数回はブラックアウトをしている。だから、当時病院に行っていれば、アルコール依存症と言われただろう。そう考えると、病院に繋がらないブラックアウトの経験者は数十万どころではない。よく飲んでいるだろう身近な友人たちの10人に1人ぐらいしかブラックアウトを経験していないと言っているくらいだから。病気の自覚はなくとも、飲んでいる人のほとんどはアルコール依存症とさえいえる。つまり、アルコール依存症の病気の人たちが世界中に、もちろん日本でも夥しい数の人々が野放しとなっているわけだ。

ガンやコロナに対しては、社会にはそれは命に関わる病気だという認識がある。ガンはすぐに治療をしなければならないと本人も周りも真剣になる。コロナは症状が少し出ればすぐに隔離という治療が始まる。

ところが、アルコール依存症については、病気という認識がない。「ちょっとくらいのお酒なら飲んだ方がいい」とか、「男の付き合いには欠かせない道具」という思い込みが常識ともなっているので、どんどん病気が深刻になる。深刻になればなるほど、アルコールは当事者だけでなく社会問題をさまざまにうみだすベースとなっていく。

アルコール依存症患者の平均寿命は52歳と言われる。アルコール依存症が野放しであることで、当事者の平均寿命も短いし、家族や社会も悲惨な状況に巻き込まれている。

私の兄は、50代になってすぐアルコールによるアルツハイマーと診断された。父に勧められたのをきっかけに大学生になってからは、多分その時その時お金の続く限り飲んでいたと思う。福島の地元に帰ってきて就職してからも、自分の好きな仕事では全くなかったために、毎晩必ず飲んでいた。また友人と集まっては、必ず2日酔いが出るほどにも飲んでいたと思う。

私は何度も止めたが、すぐに私自身、障害者運動の中で大酒飲みになっていったから、兄を気遣うどころではなくなった。私も2日酔いにしょっ中苦しんだが、そんなに苦しい思いをしてまで、なぜ飲んでいたのだろうか。

20代の10年間は、飲酒とタバコに巻き込まれながら様々な差別と立ち向かおうとした。しかし、酔いの中でする差別反対運動は、自分の身体に対する差別を増長し続けた。壮絶な日々の中で、飲酒をやめるきっかけになった差別は、私が障害を持つ女性であったために起きたものだった。それに対する抵抗として、アルコール依存症からの脱出は、本当に懸命で賢明な決断であったと今でも思っている。

ところで、兄のことに話を戻そう。兄とはそこまで飲み交わすことはなかったが、兄は様々なストレスで、その診断を受けるまで、多分1日の休肝日もなかっただろう。つまり、度重なるブラックアウトと毎日の晩酌で、脳が縮小していったのだと思う。

兄は今69歳だ。平均寿命の52歳でお別れにならなかったのは本当によかったが、一緒に語りたいこともやりたいこともまだまだあった。それが今では全く叶わぬ夢となってしまった。今兄は、ほとんど歩くこともできず、言葉も一切ない。

アルコール依存によって3代続いた魚屋をたたんで、中国に植民地主義者となって家族を連れて渡った祖父と、過酷な戦争でアルコール漬けになりながら高度経済成長の中で尖兵となった父、そしてまた兄も経済市場主義社会の中でアルコール依存の犠牲となっている。この男性中心主義社会は、アルコールをベースに、混乱と破壊を極めていると私には見える。

特に私の出身の東北は米どころと言われ、美味しい酒の生産地とされてきた。一方で雪深い中での生活は過酷な労働・農作業を強いられ、そのうえに身売り、出稼ぎなどの悲惨な貧困に追い詰められてきた。日本中の男達がそうだが、特に東北の男性のアルコール依存率は高い気がする。

暴力の中でも最大の暴力はアルコールを使っての自分の命を追い詰める暴力だ。

アルコールを使いながらの自己尊厳の回復はあり得ないことだ。なぜなら私の兄に象徴されるようにアルコールによって起こるのは脳の縮小、思考能力の低下、そしてときに停止である。それは自分自身の身体に対する冒涜であり暴力だ。アルコールは自己嫌悪を募らせ自己肯定感とは真逆の自己否定を促進し続ける。そのためにそれを逃れたいとさらに飲み続ける。果てしのない悪循環だ。

兄がアルコール性のアルツハイマーと言われてからもう20年近くが経とうとしている。私自身もその病気の完全な回復は無いと自覚して、30年以上ほとんど飲んでいない。私の次のこの社会との戦いは人々に、特に周りの若い人達にアルコールからの自由、つまり病気を自分にも社会にも呼び込まずに生きていくことを伝えていきたい。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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