小さな自分を抱きしめて∼∼宇宙という名の娘、同志登場②∼∼ / 安積遊歩

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宇宙は体重、1896グラムで生まれた。医師から「もし2000gに満たない場合、低体重児室の集中治療室のある病院に移すことになるだろう」と言われていた。私が宇宙を産んだ病院はその設備が無いので、肺呼吸を整えるためにはそこに搬送するということだった。

ところが宇宙は自力で肺呼吸を始めるべく頑張ってくれた。「夕方までにそれがしっかりできるようになれば、その病院には行かなくても良い」と、帝王切開の手術室にはいたけれど、私には記憶がなかった。一見気難しそうな小児科の先生が来てちょっと嬉しそうに伝えてくれた。
 
私と宇宙が手術室にいたとき降っていた雨も、私が病室に戻ってきた時にはすっかりあがって、青い空が窓の向こうに広がっていた。雨上がりの気持ちのいい昼下がりだった。まだ半身麻酔の冷め切らない頭で、何が手術室で起こっていたのかをぼーっとしながら思い出していた。

そんな中、たけさん(宇宙の父。元パートナー)は忙しく娘のいる低体重児室と私の病室を行ったり来たり。何をしているのかと思いきや、葉書大のかわいい紙に宇宙の絵を描いてくれたのだった。私たちはまだデジカメも携帯電話も持っていない時代だったから、彼が私に宇宙の姿を一刻も早く見せたくて思いついたのが絵を描くこと。そこにはちっちゃいながらも胎内での日々を生ききって、尊厳ある命として地上に現れた宇宙の姿が描かれていた。

宇宙が生まれた時、そこにはたけさんを筆頭に私の友人5、6人と、妹、義母、そして、NHKのクルー含めて10人くらいの人が待っていてくれた。たけさんが描いてくれた絵を見ながら、待ってくれていた人の一人一人がただただ無条件の愛を宇宙に注いでくれていたことに感謝した。

そしてそれ以上に描かれた宇宙は人々とこの地球上のすべての生き物に、「私生まれたからねー。みんなで幸せになろう」と伝えているようだった。

骨の脆い体で生まれることも、母自分も車椅子を使って生きる人であることも、全部承知の上で生まれてきた宇宙。生まれた瞬間から、命あるその一点が大切であり、最高のことであることを伝えてくれている宇宙。

帝王切開は手術の中でも実に痛い方の手術だと聞いていた。でも私は子どもの頃大腿骨の骨切り手術を何度もされていたので、それと比べると今回の手術はそれほど絶望的な痛みではなかった。私は1日でも早く宇宙に会いたさ故に自然治癒力で頑張ろうと手術した当日にもらった痛み止めは飲まなかった。

ただそれは私の手術の執刀をしてくれた桑江さんを驚かせたらしく、翌朝彼女が飛んできた。そして「痛みを我慢してゆっくり休めないと、傷の治りも遅くなるよ。宇宙ちゃんに早く会いたいのなら今晩は痛み止めは飲んだほうがいいわよ」と言ってくれた。

私は正直言えば痛みを我慢することで、体力が消失していく感じはしなかった。痛み止めは飲まないで早く回復したいと思ったし、それができると感じた。しかし彼女のこれまでの優しさと私と宇宙を思う真剣な気持ちにしみじみうたれて、その晩は痛み止めを使うことにした。

宇宙の誕生という優生思想を覆すための大プロジェクトに、この桑江さんの存在はとてもとても大きい。桑江さんは私がそれまで会った医療者の中で最も真剣に、そして誠実に、医療とは命を助け、守り、さらに生かすものだということを実践してくれた人だった。

宇宙の妊娠中私は、岡山にはち切れそうなお腹を抱えて、講演をしに行った。どう見ても新幹線や飛行機に乗るのは無理だろうと思いながら恐る恐る桑江さんに相談した。彼女は私の気持ちを100%察したかのように、一切止めはせず「では何かあったら自宅の電話番号も教えとくので、必ず電話してね」と言ってくれたのだった。

岡山での講演では、起きて話すことが困難だったから、大きいお腹ごと横向きにして話をした。しかしその夜痛みはなかったのだが少しだけ出血があった。宇宙が無理をしすぎだと怒ったのかなと不安になり、思わず桑江さんに電話をした。開口一番彼女は「とにかく大きい病院に診てもらって。病院が決まったら私からも一言言っておくから。」と答えてくれた。

私の医療に対する不信はとても大きかったから、妊娠した瞬間にこの子は私の医療不信を解きほぐし、「誰とでも良い関係を作ることができるんだよ。」と伝えに来てくれたのだとさえ思ったのだ。そして、それが実現した。桑江さんに対する信頼はまさに一目惚れという感じで始まった。

私が妊娠しているかもしれないと町医者からの紹介状を持って桑江さんと始めて出会った時、「そうね、いるわよ。安積さん産むんでしょう。」と柔らかに、そして確固として言ってくれた。だからこそどんどん大きくなるお腹で肺が圧迫され始めた時、私の命はどうなるのだろうとさえ思い、相談することもできた。

その時の彼女の一言で、私は出産に向けての覚悟が完全についたのだった。「安積さんのような人が万が一でも中絶を選んだら一生後悔することになると思うな。妊娠したということはお互いの命が大丈夫だからこそでもあると思うのよ。」と言ってくれたのだった。

その後、その時の岡山と、あまりのお腹の大きさに別な病院で早く赤ちゃんを出したほうがいいかもしれないということも言われるようになったが、結局宇宙も桑江さんのところで生まれたかったのだろう。妊娠中の様々な状況を乗り越えて、1996年5月9日、宇宙は無事桑江さんの執刀によってこの世に誕生したのだった。

最後に、桑江さんが2018年6月に開業した病院、みなみ野グリーンゲイブルズクリニックのリンクを貼っておきます。ぜひ必要な人に届きますように。

https://minamino-greengables.jp/

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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