
~「生きる」ということ~『「小さな声」を探し求める ― 「個」が躍動する組織のつくり方』を読んで感じたこと、考えたこと/荒井 良尚(ホームケア土屋広島)
本書を読み進めていく中で、諸先輩方が積み重ねてきたこれまでの歴史やバックボーン、土屋や介護の世界に出会うまでの過程を、大変興味深く拝読した。
私もそれに倣って、介護の世界に出会う前「生きること」を模索する中で、忘れられない出来事を振り返ってみたい。
31年前…1995年1月17日、20歳の私は阪神大震災発生時、被害の大きかったエリアのひとつ、甲子園口という町の真っただ中にいた。
私自身は九死に一生を得たが、多くの無辜なる人々の死や多くの悲しみを目の当たりにした。
道すがら目にした、原形を留めていない泥まみれの亡骸を抱き、これからも聴くことはないであろう慟哭を上げる男性の姿は今でも忘れられない。
また、同時に人の内面の美しさと醜さ~善意と悪意~を目のあたりにし、深く考え込むようになった。
「いのちって、生きるってなんだろう」「彼らが死んで、なぜ俺は生きているんだろう」「困っている人に手を差し伸べる人がいる一方、なぜ、弱さに付けこむようなあこぎな商売をする奴がいるんだろう」と…。
既に大学生活が性に合わないと感じ始めていた私は、やがて考えることを止め、酒に溺れ「いつ死んでもいいや」とうそぶきながらドロップアウトしていった。
震災の翌年の冬、復興し始めていた神戸・三宮の飲み屋街で、生ごみの袋にまみれたまま、雪の中朝を迎えたことさえもあった。
今、思うと、「生きることとは?人間とは?」という、正答のない問いを考える自分に陶酔し、現実逃避していただけなのかもしれない。
ただ、やり場のない悩みに震災のPTSDも加わり、心に闇を抱えながら、何とか日々を生き抜くことに汲々としていた。
20歳の私には全てが重すぎ、「生きる力、意思」をろうそくに例えるならば、まさしく「風前の灯」だったと思う。
そんな苦しい毎日の中でも、好きな音楽だけを相手に無聊をかこっていた私は、ある日運命的な一曲に出会う。
SALT&SUGARの“WONDERFUL WORLD”という曲だ(原曲は“Chris Eaton”)。
「疑いようもなく、私は苦しみから学んだ/苦しみを繰り返すことのないよう神に祈る」
「災いの中心でも私は立っていられる/なぜなら私は私というものを理解したから」
「降りしきる雨の後は真新しい一日の夜明け/ああ、この世界はなんてすばらしいのだろう」
苦しみから立ち直った男性が、何気ない毎日や世の中で生きることの喜びやすばらしさを神に感謝するこの曲は、私を文字通り随喜の涙とともに苦しみの淵から救い出した。
「生きることは特別なことではない、当たり前のことだ」と、ひとまずの答えが見つかったのだ。
そうして何とか生き永らえた私は少しずつ生気を取り戻し、なんとか社会に戻ることができた。
間をだいぶ端折るが(その間、大好きな楽器屋に就職できたことは僥倖だった)、「生きることを肯定する」土屋に出会ったことも、きっと何かの巡りあわせであろう。
土屋の人間として『小さな声を探し求める』ことが命題であるのであれば、私は、人生のテーマとして、絶望や孤独に震える人に寄り添い、その心の中で燃える『小さないのちの灯』を守ることを個人の命題としたい。
さて、最後に、私は本書を通読した感想として、また、日々業務に臨みながら、土屋はなにかしら母性にも似た愛情でできた「多様性のゆりかご、巣」で、あるように感じる。
あくまでも例えとして、ひな鳥が、その中で優しく揺られながら介護のイディオムを覚え、考え方の違いに折り合いをつけながら成長し、あるものは巣を大きくし、あるものは新たな巣を作りながら、土屋の歴史を継承しているのではないだろうか。
…私自身はずいぶんと歳をくったひな鳥だが、今いる巣のため、羽の一本でも捧げられたら幸いである。





















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