夢のある仕事 / 森 絵梨花(ホームケア土屋 岡山)
理想の福祉社会に向けて、とある社会起業家の軌跡を描いた一冊を紹介したい。
「福祉は清貧であれ」の業界でタブーに挑むのは、株式会社土屋の代表、高浜敏之。初上梓となる『異端の福祉』は、重度訪問介護のことを世間に広め、社会課題を解決したいという思いから執筆された。
「介護=低賃金で過酷な仕事」というイメージを覆す”業界トップクラスの高収入”は、どのように実現されているのか。その答えは、是非本書を読んで探ってみてほしい。
本書は5つの章で構成されている。第1章では「障害当事者の過酷な現実」、第2章では「働き手不足の問題」、第3章では「介護事業の立ち上げ」、第4章では「ソーシャルビジネスの可能性」、第5章では「理想の福祉社会へ」ということを主題として、現場の生の声や哲学なども織り交ぜて綴られている。
高浜代表は、株式会社土屋を設立から2年半の2023年1月1日に、全国47都道府県に事業所をもつほどの規模にしてみせた。スケールメリットの視点によるものだ。「清く貧しく」の福祉像に反してビジネスの力を用いる方法を採り、事業規模を拡大することでより多くの重度障害者の願いを叶えられるという。
重度訪問介護は制度こそあるものの、実態としては希望してもサービスを受けられない矛盾が常態化してしまっている。
2022年に国連障害者権利委員会長のヨナス・ラスカス氏が来日した際には、「日本に脱施設化を勧告したが、自然には実現できないだろう。」と苦言を呈され、脱施設化や分離教育(障害児の教育を一般児童と分けること)の廃止に向けた指摘を受けている。
これを契機に重度訪問介護の問題が解決に近づくのを期待したいが、政府が戦略を立てて実現するのには年単位の時間を要するだろう。その間にも、行き場をなくした重度訪問介護難民は存在する。
『制度は後追いでもいいから、私たちは目の前で困っている人をなんとか支援できないか。』高浜代表のこの考えに、深く賛同したい。
株式会社土屋は、バークレー自立生活センターに倣って利用者を「クライアント」、ヘルパーを「アテンダント」と呼んでいる。私もアテンダントの1人である。介護未経験で入職して3ヶ月と間もないが、3日の合計20時間という比較的短い研修を修了し、重度障害者の訪問介護という難易度の高い支援を1人で行っている。
重度訪問介護の対象者は、障害者支援区分の4以上で、二肢以上に麻痺があるなどの要件を満たした人である。専門的な知識と体力が必要だと思われるだろう。
実は、一般的な介護よりも身体的な負担が軽い場合が多く、見守りなど介護以外の時間が長いことから人柄や共感力が最重要だったりする。「1対1でクライアントに寄り添い、その人らしい生き方を支える。」
重度訪問介護のやりがいはここにある。この精神的な充足と同時に、物質的な充足=「報酬」が得られたらどうだろうか。福祉の仕事がとても魅力的なものに感じられるだろう。
現に私は、週3日の夜勤で月に20万円以上稼ぐことができている。これは、前職(教育関係の会社)で正社員として週5日働いていた時の給与とほとんど変わらない額である。高浜代表が『従業員を大切な資産』と捉え、売上高人件費率は70%を超えているからだ。
高浜代表は更に、従業員の個別の夢をも応援すべく、社内起業に積極的だと表明している。従業員のエンゲージメントを高め、障害者運動のリーダーから受け継いだ精神『小さな声に応える』を、絵に描いた餅で終わらせないようにする為である。
私はこれまで、教育に携わってきた。重度訪問介護の仕事をしていない昼間には、個人事業主として学習塾と学童保育を兼ね備えた「放課後の居場所」づくりに励んでいる。教育も福祉と似ているところがあり、「ビジネス」の言葉はそぐわない。
しかし家族や生活の形が多様化している昨今、行政に柔軟な対応を求めるのも難しいだろう。「小1の壁」や「不登校」の問題など、子どもを取り巻くあらゆる社会課題も、ビジネスの手法を用いることで個別の事情に合わせた解決が可能であると思っている。高浜代表のソーシャルビジネスの考えは、私を後押ししてくれた。
本書を読み、『福祉社会の歴史の一端にいる』ということを実感できた私は、受け取ったバトンを次世代へと繋いでいきたいと思った。『異端の福祉』は、多くの人に読まれるべきだ。読者のその人らしい生き方に気づきをもたらし、よりよい社会の実現へと近づけてくれるだろう。
以上