長生き / 安積 遊歩

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

人間は長く生きたいと医療を発展させてきた。ところがその医療が命の価値をジャッジし、長生きを願うことは人の迷惑になることなのだと思う人々の群れを作り出しつつある。お年寄りたちである。

医療の発展は戦争の中で作られたと言える。ナイチンゲールが登場し、敵味方を超え傷ついた命を助けることが医療の原点になった。しかし傷ついた命を回復させる目的は戦争の継続だったわけで、戦争に使えない身体は医療から、助けてもらえない時代もあった。

しかし、一般的には戦時下以外では医療はお金持ちのものでしかなかった。(ヨーロッパに魔女と言われた人々がいたが、彼らは民間で薬草や様々な施術に長けた人たちだった。彼女らの存在によって医療の発展が妨害されると考えた人たちによって、彼女らは魔女と言われ、死にも追い詰められたらしい。)特に西洋近代医学は、お金のない人には情報さえも与えない。私は以前フィリピンの貧しい家庭の子供達を支援するグループを主宰していたが、驚くべきことに貧しい人々にとっての病気は死への一本道だった。

その中でも特に、先天的に人と違った体を持って生まれた私には、医療は命を助けるどころか、日々の平和や安らぎを剥奪するものであった。貧しい家庭で育った母は私の長生きを激しく望んだにもかかわらず、彼らが幼い私にしてきたことは残酷を極めた。それでも母は直感と愛情、そして涙と笑いによって私を守ってくれたが。

私は医療が障害を持つ人の長生きを望んでないことを幼い頃に強烈に自覚したので医療からなるべく遠ざかっていようと考えてきた。同じ身体の個性を持つ娘は15回の骨折を繰り返した。しかし、ギプスも手術も一度もさせたことがなく、通院さえも片手に余るほどだ。

ところで冒頭に書いたお年寄りたちにも昨今の医療はどんどん厳しいものになりつつある。だからこそ「長生き=迷惑をかけたくないから望まない」という方程式になっていく。

経済至上主義の中では生産性こそが最も大きな価値だから、「お年寄りや障がいを持つひとを長生きさせるのはいかがなものか」というわけだ。戦後75年が経って、そのどん底の暮らしから這い上がり生き延びて周りを見渡せば, 命に価値付けがきっちりとなされ、医療もまたそのシステムに完璧なまでに組み込まれつつある。それ以上に医療こそがそのシステムの総本山とさえ言えるかもしれない。

オランダでは75歳以上のお年寄りになれば安楽死を選択できる権利があると聞いた。選択できると言うと聞こえはいいが、動けなくなったら死んでくださいと言う風に言われているとも言える。75歳というのは日本でも後期高齢者と言われ、今はまだ働いている人も多い。

驚くべきことに、生きるためには食べ物があることが原点であるにも関わらず、その作物を育てる農業のメインの労働人口は70歳以上とも言われている。農業、繰り返すが、生きるための食べ物づくりをお年寄りたちに頼りながら、ちょっとでも動けなくなったら、今度は安楽死の選択を考えさせていく世界。

父の祖父母は戦争の中で早く亡くなった。私は2人の顔を知らない。母方の祖父母は私が障害を持って生まれたことになんら臆することはなかった。それどころか「この子は早く死ぬ」と医療に予言されたことに抗ってか、あるいはそれを信じてか、とにかく私をどこにでも連れて歩くよう、母を励ましてくれた。2人とも72と77歳まで生きたが、彼らにはもっともっと長生きして欲しかった。彼らの臨終を看取った母をはじめとする叔父叔母たちが共有したその願いが、私にはとても自然で心地よく思えたものだった。

私は毎朝布団の脇に立てかけてある鏡で顔を見ている。人から私の顔がどう見られるかについては興味はないが、自分の体のゆっくりで時に急激な変化、その顔への表れには関心が尽きない。特に顔のシワには、元々なかったものが一本二本と増えていくので興味深い。20代の頃にはネイティブ・アメリカンのシワがいっぱい入った知恵深い、長老と言われたお年寄りの顔が好きだった。だからできたら私も長生きをして、あんな顔になりたいものだと思っていた。

それが現実として最近は鏡の前に現れてきつつある。

鏡の中の私が、鏡を見ている私にささやく。「お母ちゃんの強烈な願いだった長生きを叶えつつあるね。どんなに私に長生きしてほしいと望んでいた母だったか。あなたの娘は、その願いを叶えて長生きしつつあるよ、大成功だよと伝えていいよ」と。

 

◆プロフィール
安積遊歩(あさかゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ。

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

関連記事

TOP