あなたの命、誰のものですか? Part 1 ~ 『生きる権利』、『死ぬ権利』、そして『死ぬ義務』 / 古本聡

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

① 命に対する所有権

いきなり奇妙な質問から入って恐縮ですが、

「あなたの命、あなたのものですか?」

おそらくは、こう尋ねられた人たちの99%が、

「当り前じゃないか、自分の命は自分のものに決まってるじゃないか!」

とお答えになるでしょう。

それでは、戦争に無理矢理行かされた人たち、何の戦術的効果もないにも関わらず多くが海の藻屑となった神風特攻隊の人たち、あるいは旧ソ連各地で抑留され、酷寒と飢えの中で異国の地で土になった人たちの命は、はたまた、最近の例では、海外派遣され現地で亡くなられた自衛隊員の命、このコロナ禍の中で、それこそ命を賭して任務・職務に当たってくれているエッセンシャルワーカーの命はどうなのでしょう。

私はこう考えるのです。命の所有者は、その時その時の状況によってコロコロ変わるものだとね。言い換えれば、「命には所有者がいない」のです。どの国の憲法にも、ほかの法律にも、そして世界一民主的だと言われてきた日本国憲法にも該当する規定はありません。これを規定する根拠が曖昧すぎるとも言われています。

そもそも所有権が認められるのは、①自分の労働によって手に入れた無主物(誰のものでもないもの)狩猟・採集物、②自分の労働と交換して手に入れた財、③他人との自由な取引(譲渡・交換・売買)によって得た財 などです。この定義にもとづけば、自分の命どころか、自身の身体にさえ所有権は無いということになります。

私たち一人ひとりの意思で使い方、過ごし方を決められるのは「命」ではなく、それを使って生きている時間、つまりは人生、ということだと思うのです。命に対して自分が所有権を持っているという考えは、生きていくのに便利で必要な「幻想」、いや「虚構」と言った方がいいかもしれません。が、この曖昧さがあるからこそ、私たちはまだ安心の中で毎日を送れる、ということが言えなくもないのです。

② 二つの公正

生命倫理の世界、と言おうか医療の世界には、命について二つの「公正」が共存しているようです。

一つ目は、「どの人の命もすべからく平等に扱い、医療サービスの提供は全ての必要とする人に行われるべき」とする、人間を中心に据えた公正。

もう一つは、「医療リソースは無尽蔵ではないので、より若く、もしくはより多くの社会貢献を為せると思われる人の命を優先すべき」とする、社会を中心に据えた公正。

仮にここで、一つ目を「平時の公正」、そして二つ目を「非常時の公正」と名付けましょう。

ここで一点、注目したいのは、「非常時の公正」における「非常時」が、戦争や騒乱の勃発とそのような状態の継続だけを意味しているわけではなく、その概念には人口における年齢構成ディスバランスの進行や財政の逼迫、今起こっているようなパンデミックも含まれる、ということです。

このような非常時の公正を主張する声が大きくなっていく時に ー しかも、その主張の高まりは、例えばパンデミックが起こるずっと前から徐々に大きくなり、パンデミックの到来と共に急劇に大きくなる ー、「自分の命は、当然のことながら自分だけのものだ」という考え方が、何の疑いもなく一般化してしまうと、戦慄するような状況が訪れます。

命は自分のものだということを前提にすると、生き死にに対する自己決定権を過大に重視する考え方になってしまうでしょう。自己決定権。この言葉を現代風に翻訳すると「自己責任」です。安楽死、尊厳死は、当事者に愛情を持つ家族や周囲の近しい人の気持ちに関係なく、本人の意思さえあれば、自己責任なのだから認めるべき、という考えになります。 自殺に対しても、「あなただけの命じゃない」、などと反対できる論拠がなくなるのです。

一方で、自分の命に対する所有権が確立するということは、自分の命を自分の思うがままに扱い、処分する権利が確定することになります。つまり、自分の命が危機に見舞われた時、命を長らえるのも、その時点で終わらせるのも、まったくの個人の自由ということになり、「死ぬ権利」が確立します。こういった権利が生じると、当然のこととして、その裏面にある義務も同時に発生します。そうです、「死ぬ義務」が発生してしまうのです。

Part 2につづく

 

◆プロフィール
古本 聡(こもと さとし)
1957年生まれ。

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

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