地域で生きる/23年目の地域生活奮闘記114~人が人を支える事の有用性に思うこと~ /渡邉由美子

この文章を書いている頃、テレビでは毎日のようにフィリピンの監獄に収監されていながらスマートフォンを使って何人もの請け子を動かし、日本各地で詐欺や強盗殺人といった凶悪犯罪を繰り返してきた犯罪グループのニュースが報道されています。

その主犯格がいよいよ日本に身柄を移され、まもなく本格的な取り調べが行われようとしています。いくつもの犯罪が絡んでいることもあって、正直なところ、この事件の全容を理解することはできていません。それでも私たちはネットやSNSを用いて殺人を犯すことができてしまうという恐ろしい社会を生きていると思うと、身の毛もよだつ感覚を抱かずにはいられません。

裕福であったがゆえに、90歳を過ぎて暴行死させられた被害女性は、最期に何を思ってこの世を去ったのか、考えを巡らせれば巡らせるほど、無念であったであろうと想像します。

昨今の物価の高騰はとどまることを知らず、政府がそれに対して抜本的な対策を打つこともなく、ただただ日々が経過しています。また与党は少子化対策を柱とした政策を全面的に打ち出しているにも関わらず、子育てに追われる若い親たちの苦労を全く理解せずに「産休育休を取っている間にスキルアップのための勉強をするべきだ」といった的外れな発言をし、ただでさえ育児に悩む親たちを精神的に追い詰め、さらに少子化を加速させるような状況を生みだしているのです。

子育て家庭を支えるコミュニティを再生することに着眼点を置いたり、出生時のトラブルが原因で産まれてきた子に脳性麻痺があった場合に、等しく産科医療補償制度が受けられるようにしたり、そういった具体策が図られるべきではないでしょうか。

改正された現在の産科医療保障制度では妊娠から28週以上経って産まれてきた子に保障が適用されますが、改正前の根拠のない線引きにより、障がいを抱えながらも救済されない子どもたちがたくさんいます。

彼らは改正された制度でも適用外となってしまい、いまだに一切の救済措置が受けられていません。制度の狭間で救いの手を受けられない障がい児の家族たちが介護をするかたわら、制度の不当性を訴える運動を続けています。

社会のあちこちに大きな歪ができていることは明らかです。私はこの歪みを正すことができるのは、頭脳明晰な健常者でもなければ、大手企業や公的機関でエリートと呼ばれる人でもなく、重度の障がいをもち、人の手を借りながら日々を懸命に生きる私たち当事者ではないだろうかと最近とみに感じています。

能力主義や成果主義が生み出す歪や社会の仕組みそのものを再構築し、人と人がお互いに顔をあわせて繋がりあって生きていく社会にしていかなければならないと思います。

生活が苦しく心に余裕がないとき、人は物事を冷静に判断する力を失います。1日で100万円を稼げるアルバイトなどあるわけがないことは正常な判断ができる状態であれば誰でもわかることですが、日々の生活に困窮し心の余裕がなくなってしまえば、いわゆる闇バイトにも簡単に飛びついてしまうのだろうと思います。冷静さを失い、自分の心に余裕がなくなるということは本当に恐ろしいことです。

話は少し変わりますが、私は最近歳のせいか、頭をフル回転させて動いていると、時々ショートしそうな感覚に襲われます。周囲の人曰く”そもそもがキャパオーバーのボリュームの“やらなければならないことを限られた時間でやるために、なんとか優先順位をつけようとしても、そういうときは全く頭が働かなくなってしまうのです。

ちょっと一息ついて冷静になって考えればそうむずかしいことではなく、一つずつ丁寧にできることであっても、慢性的な寝不足や疲れといった要素が蓄積されて混ざりあうと、ただただ焦りだけが先行し、落ちついて考えて物事を行うということがままならなくなります。

人間は誰しもそんなに強くはないと思います。何らかの事情で想像を絶する苦しさにさらされ、なおかつ政治や社会の制度にも周囲にも全く助けてもらえない状況に置かれたら、藁にもすがる思いで闇バイトに手を出してしまうこともあるのではないでしょうか。

そうして理性を失った人たちの心の隙をつくように、本当の凶悪犯罪が忍び寄り、そこから抜け出せなくなってしまう…そんな風に思わずにはいられません。

そうしてみると、たびたび立ち止まりながら、ゆっくりとしか生きられない障がい当事者の地域生活の在り様は、あわただしい日々を送る人たちになにかしらのヒントを与えられるように感じます。

ネットやSNSを介して簡単につながれているようで、実際には薄れてしまっている人と人とのつながりの大切さ、一つひとつの物事に時間をかけて暮らすことの有用性を、言葉ではなく生き様で示し続けていきたいと改めて思います。

そして数は決して多くないとはいえ、重度障がい者に伴走する介護者たちの社会的地位を少しでも上げられるよう、障がい当事者として何ができるのかを考えていきたい。この事件のニュースを見ていて、そんなことを考えています。

介護を担う健常者のみなさん、それからその手を借りながら地味だけれども確実に日々を暮らしている障がい当事者のみなさん、自分たちはよりよい社会づくりを着実に前進させているという自信や誇りをもって、またおかしいことにはおかしいと声をあげ、改善を求めるためにときには闘うことを恐れず、堂々と胸を張って生きていきましょう。

 

◆プロフィール

渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

関連記事

TOP