最近、重度障がいを持ちながら、地域で生活することを継続している中で、感じることについて書いていこうと思います。
私が自立して24年間ブレずに一貫してやってきたことは、「就労できなくても地域で生活する」「必要な福祉サービスは勝ち取っていく」。
そのために大変でも、すぐには叶わなくても、粘り強く、関係機関に訴え続けて、一つひとつ自分にどうしても必要なものを整えて今日に至っています。
行政機関と信頼関係が築けるようになってきたことが、この24年で得られた一番の財産だと思います。
行政の担当者は2、3年に一回転勤があり、どんどん人が変わってしまうので、蓄積の中で何かを勝ち取っていく事は、対行政を相手には難しいのだという諸先輩方もいらっしゃいました。
その言葉には一理も二理もあるとも思いながらも、私は事あるごとに書面で経過を行政ファイルに残してきました。
そのことで、人生生きるための最低限のパスポートのようなものを、住んでいる自治体の障害福祉課の個人ファイルに残せているのではないかと思えるようになりました。
行政の窓口にいる人も人間ですから、様々な人がいます。全員に理解してもらうことはできないと思います。
私を嫌う人がいても当然だと思いますが、一人でも確信にふれるような部分で理解をしてくれる人がこれからも増えていき、それが私だけの特権的な扱いではなく、
次世代を担うこれから自立生活をしようとする人々になにかの役に立ってもらえるものを残していきたいと思います。
少し話題はかわりますが、私は生活が成り立つほどのお金ではなくても、ほんの一部でも自分で稼ぎ出したお金で生活を営むということを若い時から能力的になかなか難しいと分かりながら追い求めてきました。
いくつもの福祉的な就労もどきを追い求めて、もがきにもがいてこの24年暮らしてきました。
探せば意外とお声もかけて頂けていて、2024年7月までは就労もどきが、自立立ち上げ当初から継続されていました。
それが今年の8月から様々な不可抗力が重なり、ぱったりとなくなってしまいました。
そこを捨てきれない私は、非常に落ち込み、立ち直りに大変な時間を要しました。
私の中の優生思想が歴然と顔を出し、自分はどうしようもなくだめな人間なんだと、自分で自分を認めて、堂々と地域で生きる事ができなくなり、しゅんと自分自身がしぼんでしまうことを体感しました。
数か月が過ぎ、やっと自分の中で現在の自分をありのままに認め、立ち上がろうという気持ちになることができました。
毎日寝る間も惜しんで忙しく活動に出歩くことが、正しい生き方だと信じていました。
でも、ふと立ち止まった時、年齢的にもそうでない生活の方が自分に合っているのではないかと思い始めていました。
そんな折に、地元の社会福祉協議会から、ボランティアで高校生に、身近なボランティアというテーマの話をして欲しいという依頼があり、これは私にできる社会参加の新しいあり方なのではないかと思い、飛びつくようにお引き受けしました。
50歳の半ばを過ぎ、普通の人でも社会貢献というようなことが頭をよぎり、第二の人生や今までお世話になったことへの恩返しみたいなことを考えながら暮らすときに、今後の生き方のひとつのライフワークとして地域の学校に出向き、
これからを担う若者たちに「地域で生きる」「ぶれないありのままの自分を語る」という人生をかけた活動は、自分の背筋を再びしゃんと立て直すにはとても良いことのように思います。
このところ、介護者との関係を再び大きく崩してしまうような出来事もあり、生活の介護が難民化したりするようなこともあり、それもまた一から立て直しつつ、
地域で生きたい、自分らしく生きたい、の原点に振り戻ってしがみついてでも地域で生活することを貫いていこうと思います。
12月の初旬は障がい者の日が9日にあって、それを挟んだ1か月が人権月間だったりもする中で、改めて地域で暮らし続けることの柱をしっかり立てて、揺るぎなく暮らす基盤を再構築している所です。
この原稿を読んでくださる障がい当事者の皆さん、物価高騰で生活費があがり、自分の意思を介護者に伝えようとすると、摩擦や衝突がうまれ、自分の意思を曲げたり、引っ込めたり、飲み込んだりしながら介護者との関係をやっと保ち、
それでも保てなかったりして、挫けながらも再生し、スローガンや言葉だけではない、「自分らしく生きる」を実現しながら暮らす事は、毎日、本当にスリリングな生活だと思います。
政権もどこに向かうやら、迷走しまくりでいつまでこのような生き方ができるのかと、嘆きたくなることもありますね。
仲間にときには、愚痴をはきながら、楽しく平穏に生きていける生活を一日でも力強く継続していきましょう。
重度訪問介護の介護者をいれた状態での就労も少しずつ可能になってきています。
働けても、働けなくても、自分に無理をせず、自ら決めた生活が継続できる日々を生きていきましょう!
◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生
養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を精力的に行う。
◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動