第3回 障がい者雇用のダイバーシティ効果 / 影山摩子弥

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

前回示唆したように、障がい者を雇用すると、戦力になる。リーマンショックなどによって経済に大きなダメージがあり、企業の雇用が細る中でさえ、人員の募集をしても誰も応募してくれないと嘆く中小企業は少なくない。

しかし、われわれの「常識」は、雇用対象として障がい者に目を向けることを妨げがちである。つまり、障がい者は様々なことができない、コミュニケーションが図れない、雇用の現場では働けないという思い込みがある。悪意があるわけではない。それが「常識」「当たり前のこと」などと思っているだけである。その「常識」をもとに、「健常者の中で仕事をさせるのはかわいそう」「仕事などもってのほか」「できないことを無理にさせてはいけない」「健常者にいじめられ嫌な思いをするだけ」といった判断が導出される。

その結果、一般の仕事から距離を置かせ、さらに、健常者との接触がないように、社会から離れた場所で過ごさせるといった対処も行われるようになる。悪意に基づいているわけではないが、結果的に、障がい者が社会との接点を失ったり、得られるべきやりがいを得られない状態に置かれたりすることによって、社会的に排除されてしまう事態を、私は、「善意の差別」と呼んでいる。

しかしながら、障がい者を多く雇用している企業を訪問すると、障がい者が健常者と遜色なく活躍している。しかも、重度の知的障がい者であっても、インタビューすると、「(ここにいるのが)楽しい」といった言葉が聞けたり、家族からは、「仕事に行く支度を自分から進んで行う」といった話が聞けたりする。

他方、企業からは、十分な戦力になっているというコメントが出てくる。企業と障がい者の間でWin-Winの関係が成立しているのである。そのような企業では、障がい者の定着は良い。戦力になるほど活躍できていれば、やりがいもあり、仕事も楽しかろう。その結果、就労を継続しようという気持ちにもなる。健常者と同じなのである。障がい者も健常者も違いはないのである。

一方、障がい者を雇用すると、健常者社員に間接もしくは直接、様々な影響を与え、健常者社員の業務パフォーマンスが改善するといった現象を確認することができる。ここで言う業務パフォーマンスとは、「仕事ができる度」と解していただければよい。データによっては、労働生産性の改善が確認できる。近年では、どの企業でも人事考課にともなう面談が行われており、従業員に対する客観的評価と、自身に対する主観的評価が近接する傾向があり、従業員に仕事ができる度を尋ねることも有効である。

つまり、障がい者雇用はシナジー効果(相乗効果)を生むのである。先の戦力化と合わせて、私は、障がい者雇用のダイバーシティ効果と呼んでいる。

さて、間接的な影響とは、障がい者が働きやすいように、仕事の流れを再設計したり、職場のレイアウトを変更したり、機器類の操作を分かりやすくしたり、部品を探しやすくしたりといった対応を図ることによって健常者も働きやすくなり、その結果、労働生産性が上がる場合である。つまり、合理的配慮は、障がい者のためだけではないのである。

また、直接的な影響とは、障がい者との接触によって健常者側の人間関係がよくなり、つまり、職場環境が改善し、健常者の業務パフォーマンスが向上する現象である。この場合、心理的安全性が高まり、業務パフォーマンスに影響を与えると考えることができる。心理的安全性とは、米国Googleの社内調査で、成果を上げるチームが持つ要因として析出されたもので、介護を抱えている、病気になってしまった、苦手な業務があるといった自分の弱みを見せても受け止めてくれる組織である。

障がい者が社内にいることでこのような効果が生じうることを講演等で話すと、「そういわれてみれば、うちの会社でそのような現象がみられる」と、よく声を掛けられる。つまり、コロンブスの卵なのである。ただ、それがどの企業でも生じうることを、学術的に示すことが必要である。そこで、私は、三重県、三重県内の企業、就労支援組織に協力してもらい、調査を行った。その結果、障がい者が社内にいることによって心理的安全性が高まり、従業員の業務パフォーマンスが高まるという現象が生じうることを、統計学的処理を行うことによって確認することができた。なかなか興味深い結果である。そこで、次回は、三重県での調査について、お話しすることにしよう。

 

◆プロフィール
影山 摩子弥(かげやま まこや)

研究・教育の傍ら、海外や日本国内の行政機関、企業、NPOなどからの相談に対応している。また、CSRの認定制度である「横浜型地域貢献企業認定制度(横浜市)」や「宇都宮まちづくり貢献企業認証制度(宇都宮市)」、「全日本印刷工業組合連合会CSR認定制度」の設計を担い、地域および中小企業の活性化のための支援を行っている。

◎履歴
1959年に静岡県浜北市(現 浜松市)に生まれる。

1983年 早稲田大学商学部卒。

1989年横浜市立大学商学部専任講師、2001年同教授、2019年同大学国際教養学部教授。

2006年 横浜市立大学CSRセンターLLP(現 CSR&サステナビリティセンター合同会社)センター長(現在に至る)

2012年 全日本印刷工業組合特別顧問 兼 CSR推進専門委員会特別委員(現在に至る)

2014年 一般社団法人日本ES開発協会顧問(現在に至る)

2019年 一般財団法人CSOネットワーク(現在に至る)

◎専門:経済原論、経済システム論

◎現在の研究テーマ:地域CSR論、障がい者雇用

◎著書:
・『なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?』(中央法規出版)
・世界経済と人間生活の経済学』(敬文堂)

 

関連記事

TOP