帯状疱疹という病気はなんとなく厄介な病気であると記憶されてはいた。非常に痛みが強く、お腹を一周すると死んでしまうという噂も聞いていた。
それは嘘だとわかったが、生涯1回しかならないというのも嘘で、友人の中ではすでに5回も発症している人もいる。
それを異国の地ニュージーランドで体験することになった。
1月6日くらいに額の生え際がなんとなくピリピリと違和感があった。
気がつくとそこに手がいっていた。しかし、そこまでひどい病の前兆とは気付かなかった。
1週間がたっぷり過ぎてから、その場所がぐじゅぐじゅと水疱になり、一晩にして顔の左上半分が真っ赤に腫れ上がった。
そしてまた1週間後、痛みの中で赤黒く変色していった。
ときどきは痒みも伴っていたし、目も開けにくくなったので、ついに音を上げて救急病院に行ってみた。
初めての救急病院は、医学という権威に侵されている医者やスタッフが少ないように見受けられ、ちょっと安心した。
車椅子を使っている私たちが日本で医者に行くと、彼ら(医者や看護師たち)のリアクションはそれこそ様々に半端ない。
特に医師はたいてい白衣を着ているから、わたしにはその白衣が「これ以上近づかないように」という境界線に見えるときがある。
ところが、ニュージーランドでは誰も白衣を着ていなかった。その一点でだいぶ安心した。
診断についても、わたしの意見をよく聞こうとするから、結局処方された薬を飲まなくてもなんとも言われずに済んだ。
それどころか、わたしが飲まなかった薬を返して「貧しい人たちに飲んでもらいたい」と申し出たら、丁寧に、それは無理だという説明をしてくれたので、その場では納得。でもどう考えてももったいないと今でも思っている。
帯状疱疹の方は、恐ろしく元気にウイルスが活動を始め、それこそ何をする気も一瞬にして無くなってしまい、ひたすら「痛い痛い」と呻き続けた。
左の目もおかしくなっていったので、大学病院の眼科を紹介され、そちらにも行ってみた。
しかし、こちらの予約システムは非常にいい加減で、待ち時間が30~40分はゆうにかかる。
2回目の大学病院の眼科では、緊急の手術も入っていた。そのため、9時40分の予約が実際に診察が終わったときには14時をまわっていた。
娘が「ニュージーランドの医療は良くない」というのがよく分かった。
ただ、お年寄りで待合室が占拠されているような日本の光景と比べたら、マシなように思えてしまう。
自分で自分の身体をよくみなければという認識が日本よりはあると思えるからだ。
眼科でもらった薬にも、脅かしはついてこなかったのでそれは良かった。
脅かしというのは、例えば抗生物質なら、最低1週間は飲まないと効かないとか、状況によっては余計悪くなると言われることがある。
しかし、ニュージーランドでは何も言われず、言われた通りに飲んでなくても注意すら受けなかったのが新鮮だった。
だいたい、わたしの身体は大人の体重の2分の1以下なのに、薬を渡される時はそれをほとんど考慮されない。
だから日本の薬は本当に嫌になっている。にも関わらず、脅かしてくる人がいるから驚くばかりだ。
わたしは、自分の身体を自分でよく知って、どんなふうに薬を飲んだらいいかも自分で考えてよいと思っている。
それをさせない社会が本当に生きにくい。
今回、帯状疱疹にやられたのは本当に辛かったが、日本のシステムと違った医療の有り様を見れて良かった。
日本の医者と看護師の関係と、ニュージーランドのそれの違いに今回もまた少し驚いた。
診察室に必ずアシスタント的にいる看護師が、ニュージーランドにはいない。
診察室で、例えば医者が手袋を取ろうとしても、気を利かせてすぐに取ってくれる看護師はいない。
医者は必要なものは自分で取り、診断し、治療していく。
では看護師は何をするかというと、医者と患者が出会う前に患者の様子をインタビューして把握するというのが仕事だ。
それを医者に報告し、医者は看護師の報告や認識に基づいて患者の状況をさらに深めて聞く。
眼科での治療や検査のあとにも気が付いたが、医者何名かと看護師はチームとなって患者の状況をそれぞれの立場と知見をもって把握している。
だから、一方的に次の予約の日程を取らされるわけではなく、必ず医療チームでの話し合いのあとに次の予約の日程が決まる。
患者が自分自身で次の予約が必要ないと感じたら、患者は予約をキャンセルすることができる。
帯状疱疹はひどい疲れとストレスによるものと言われているが、今回わたしは残念ながらどちらにも捕まってしまい、珍しくも鬼の撹乱となった。
みなさんには、ますます寒い冬がやってくるでしょうから、深いご自愛の日々を生きてくださるよう、願っています。
◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ
骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。
アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。
障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。
著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。
2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。



















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