
高浜将之さんの「社会のインフラになる-人を幸せにする介護」を読んで/栗垣 芙紀子(ホームケア土屋広島)
私は高浜将之さんの「社会のインフラになる」について自分と重なる部分があったため感想を書かせていただきます。
最初は介護は自分とは縁遠い仕事だと思っていた高浜さんが介護の世界に飛び込み、グループホームでの経験で「機械的に人を動かすような仕事は自分の求めている介護ではない」ことを感じて転職。
その後グループホーム「のがわ」と出会い、社長としての経験を経て、現在に至るまでのことが書かれていました。
私はこの文章を読み、高浜さんの考えに共感するとともに、自分自身が介護の仕事を志した理由を改めて考える機会になりました。
私が初めて介護の現場に触れたのは、中学生の頃に参加した老人ホームでのボランティア活動でした。
その時、利用者さんが笑顔で過ごしている姿や、誰かの役に立てる喜びを感じ、「介護福祉士になりたい」と思うようになりました。
しかし当時の介護の世界は給料も低く、家族から反対されたため、別の視点から介護や医療に関わることのできる作業療法士を目指す道を選びました。
実際に働き始めてからは、利用者さんと関わる時間は1日15分から長くても1時間程度のリハビリの時間が中心でした。
当時施設で働いていた私にできることは、いっぱいに詰め込まれたリハビリの時間の合間をぬって、自分の担当している方だけでもなんとか離床をしてレクリエーションや体操に参加していただくことでした。
介護士さんも忙しく、スタッフ同士で協力し合っても起こしてあげることのできない利用者さんが出てしまうこともありました。
会社の売上や利益も大切だとは思いますが、その裏で「今日は起こしてもらえなかった、自分のやりたいことができなかった」と泣く利用者さんを見ては申し訳ないと心を痛めていました。
そんな私が訪問介護の道を考えるようになったきっかけの利用者さんがいました。
その方は認知症があり、入居当初は話しかけると大きい声で「ありがとうございます!!」と言いながらビンタしてくるご高齢の男性。
突然怒鳴ったり、手が出てしまうことも日常茶飯事でした。
日々お部屋を何度も訪問し、本人さんの性格や好きなこと、今までの生活様式を調べ、会話をし、できるだけ安心できる環境を提供したいと考えました。
スタッフ間ではゆっくりと優しい声で話しかける。目線を合わせることを意識する。
そして日中に起きて過ごせるよう支援し、他の利用者さんと交流できる場を作ることを徹底するようにしました。
すると次第に穏やかに過ごせる時間が増え、手が出ることもなくなり、「ありがとうね」「うれしいよ」と泣きながらスタッフに言葉を掛けてくださるようになりました。
私はこの経験を通して、もっと時間をかけて一人一人の生活に寄り添った支援がしたいと思うようになりました。
ちょうど広島に引っ越す前のことで、変わるなら今しかない!と介護の世界に足を踏み入れることになりました。
私は高浜さんのように、介護の仕事を通して利用者さんと日々の喜びや悩み、さまざまな経験を分かち合える支援者でありたいと思います。
お互いに一人の人間として、尊重し合いながらこの社会を生きていけるこの仕事に誇りを持ち、これからも社会に貢献していきたいです。





















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