これから障がいをもてる全てのみなさんへ / 安積遊歩

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

障がいのある体になるということは、いつでも誰にでも起こる現実だ。にもかかわらず、1人1人の自覚はもちろんのこと、社会全体の自覚は全くない。全くないから、障がいをもって生きるということでの準備を怠り続ける社会がある。

ところで、赤ちゃんは全て最重度障害者だ。おしめをつけられ、ほとんど何も分かっていないと決めつけられる。そして全ての時間を親の考えでコントロールされ、動かされる。だから唯一に近い自己表現の手段である「泣くこと」を使って、自分を主張する。

しかしその涙もコミュニケーションの手段というふうには理解されていないから、ちゃんと聞かれるというよりは、直ちに泣き止むことを求められる。「お腹が空いた」「お尻が不愉快」「暑いから脱がせて」あるいは「寒いから着せて」、こうした要求を泣くことでなんとか叶えながら、赤ちゃんは生き延びる。

ところが、そうした要求が満たされていても、赤ちゃんは泣くことがある。ただただ「もっと見ててほしいよ」とか「お母さんが辛いのを見て私も辛いよ」とか、「生まれるときの産道の旅は辛かったよ」とか、どんなに泣き止ませようと頑張っても、泣きたい時は泣く。それをわかる大人が本当に少ない。泣くことは良くないことで、赤ちゃんが泣くと自分が悪いかのように自分を責めてしまう大人ばかり。だから、自分の感覚が涙によってしか表現できないにもかかわらず、それを止められ続ければ、少しずつ少しずつ自分を信じられなくなり、大人になる頃には、自己信頼や自己肯定感が皆無に等しい人ばかりになってゆく。

ところでオリンピックが終わり、パラリンピックが始まろうとしている。私は、命より大事なものがある、それがメダル競争だとする政府やマスコミの有り様にほとほとうんざりしているが、それでも何度でも言っておきたい。オリンピックは中止すべきだったし、パラリンピックも今でも止められるのなら止めるべきだと。それが、赤ん坊時代を生き抜いた大人としての責任だと思うから。

私たち障がい者は命あることの、生きるということの大切さを誰よりも誰よりも知っている人たちである。私のように生まれつきの障がいをもっている人はもちろん、中途で障がいを受傷した人も医療を使ってあるいは、それにお世話になりながら必死に生き延びてきたのに、コロナ禍で医療の逼迫で命の危機に直面している人を知りながら、ここまでメダルを争い続けられるのは一体どういうわけなのだろう。

ただ命を保つこと、呼吸することにどんなに身体中の力を振り絞ったか、それぞれが生命力の全てを動員して生き抜いてきた。その苦しさはどれほどのものであったか。とにかくただ生きるということがどんなに価値があるかを知ってきたはずだ。

その過酷で凄惨な時期を過ぎた時、そこにメダルを争って数字を争って喜び合うというイベントがあったとしても、私自身はとてもそこに価値や凄さを見ることはできない。それどころか私たちの身体をもって命の素晴らしさ、ただ生きることの豊かさを伝えることができるのに、その凄さを見たり十分に味わったりしていないアスリートたち。同じ時空間に住む、もっと重い障がいを持つ人たちを置き去りにして、彼らはどこに進もうとするのだろうか。

今回のオリンピック開催は、特にこの世界的なパンデミックの中決行するとはまるで思っていなかった。オリンピックの閉幕した今となってはただただ悪夢であったとしか言いようがない。しかしまた約10日後にはパラリンピックが開催されるというのだ。

私は障がいを持つ仲間たちに言いたい。競争や比較やそういったことに巻き込まれる必要のない素晴らしい体を持ちながら、私たちはなぜパラリンピックの中で順位を争わなければならないのかと。

順位は数字でしかない。数字が多かったり少なかったりでなぜこうも生きる喜びや日々の暮らしの充実がコントロールされ支配されていくのか。生きることに最も大事なものは命である。命をつなぐための身体がコロナやあらゆる病気で疲弊している人たちのそばで、なぜ点数を争うことにこんなにも血道をあげるのか、あるいはあげさせられるのか。もうオリンピックだけで十分に疲弊し傷つき、お金も取り返しのつかないほどばら撒きもしたと思う。

あと10日ちょっと、障がいを持つ当事者である私たちがさらにさらに命の大切さを訴え、メダル競争に血道をあげることの愚かしさを訴えよう。それが障がいを持つ人として、大人としての、最重度障がい者の時を赤ちゃんとして体験した自分自身と、全ての人に対する責任をとることであるに違いないから。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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