土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)
だいぶ時間がたってしまった。
というのもブログに書き溜めた原稿をこの度電子書籍にて出版することになった!のである。その準備は…書籍なのだから、まあ当たり前なのだが、それなりに労力が必要で、文章を書く、という作業がやや滞ってしまった(言い訳…)。
10月になり、緊急事態宣言も明けたので、ここからは少し定期的に文章を書いていきたい(と思う…)。
この間にあった出来事で取り上げておかなければならないと思う新聞記事を取り上げておこう。
8月31日付の毎日新聞「知的障害の女性が支援所長から性被害 事件化されず、今も眠れぬ夜」(1)である。
この記事によれば、知的障害のある女性は就労移行支援事業所で所長による性的虐待を受けた。母親の被害届によって、障害者虐待防止法に基づく調査が実施され、その結果、虐待認定となり、行政から運営会社に対する行政指導があり、その事業所は閉鎖となった。
一方、刑事事件としては被害事実の特定に難航した。当時のことを思い出すと女性はパニックを起こし、泣き叫んでしまう。女性警察官らが関係を作り、女性の断片的な記憶やホテルに残っていたレシートなどから連れ込まれた日時を特定した。しかし、元所長が「強制ではなかった」と主張して容疑を否認し、「暴行や脅迫があったという証拠が十分ではなかった」ということもあって、不起訴処分となった。
この、「強制ではなかった」とか、「暴行や脅迫があったという証拠」というのが問題だ。記事では「知的障害のある被害者の場合、自身が受けた行為が犯罪にあたるとの認識がなかったり、状況をうまく説明できなかったりすることが少なくない」とあるが、そういうことではないでしょう、といいたい。
要するに、強制わいせつ罪等が成立するには、女性の側が性交に同意していないということを示す必要があり、暴行や脅迫があったことが要件になる。それは被害者である女性が自分の身体が傷つくほど抵抗したという形跡が見えなければ、暴力や脅迫があったとはみなされず、“同意していなかった”とは言えないという解釈をする。別に障害があろうがなかろうが、圧倒的に弱い立場で激しい抵抗ができる人はそういない。できないから被害にあうのだ。だから今、不同意性交罪の創設が求められている(2)。女性、いや、女性に限らず男性も、すべての人にとって、不同意性交罪の創設は必要なのである(3)。
それに加えて障害がある場合、特に知的障害のある場合、不快な行為だとしてもそれが犯罪であると認識できなかったり、騙されやすかったり、自分の思いを表現できなかったりして日常的に被害に遭いやすい。この新聞報道によれば、不起訴となった性犯罪は548件、そのうち、被害者に知的障害があったのは61件だったという。この数字も氷山の一角だろう。
母親は、元所長の弁護士から、「恋愛感情を抱いて不適切な行為をしてしまった」と書かれた手紙を受け取ったが、「施設側と利用者の間でありえない」と述べている。元所長の恋愛感情という理由にはあきれる。愛していたんだから、といいたいんだろうけど、それならなおのこと、相手にPTSDが発症するような付き合い方はあり得ないし、そもそも人としてどうなのか。愛する人に暴力的な性行為を強要するような人…ほんとにそういう言い訳、よく考えて発言してください。下手な言い訳はかえって仇になりますよ。
ただ、母親の、施設側と利用者の間でありえない、はそれも言いきれないのではないか。ロミオとジュリエットでもないが、立場や身分を超えた恋愛はありえる。障害を越えて純粋にそんな恋愛をする人たちはいる。もちろんこの場合は明らかに違う。完全な搾取だが。
ひとつポイントとして、2021年4月から知的障害者が被害に遭った性犯罪に対して「代表者聴取」という試行が始まっている点がとりあげられている。これは、「司法面接」とも呼ばれ、子どもに対しては2015年10月から導入されている仕組みである。
事件に対応する検察や警察、児童相談所の中から選ばれた代表者1名が児童から話を聞き、その他の機関は別室のモニターで内容を確認する。他者に誘導されやすい証言の信用性を確保するとともに、聴取回数を減らして心理的負担を軽減する狙いがある。法務省によると、実施件数は年々増加しており、2015年には39件だったが、19年には163件に上っているという。今後はこの仕組みの利用が知的障害者に対しても増加していくとみられる。
女性は4年前の事件を思い出し、今も眠れない夜を過ごすという。そして母親はその娘に寄り添い続けている。彼女の傷が癒えてくれることを心から願う。そして被害者により負担を課すような今の法律のあり方を変えてほしい。弱い立場にある人たちが守られるよう、刑法の改正に着手してほしい。まずはベースがしっかりと、そしてそれに障害ゆえの細やかな対応があってようやくイーブンになる。日本の場合、そのベースがあまりにお粗末なことが多すぎる。今回もまた、そのケースだと思う。
(1) https://mainichi.jp/articles/20210830/k00/00m/040/301000c (20211001)
(2) 「『同意のない性的行為を犯罪に』不同意性交等罪の創設を求め、緊急署名がスタート」
2021年2月1日https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60177253c5b6bde2f5c0b8d1 (20211002)
(3) 不同意性交罪については、日本だけが必ずしも遅れているわけではない。デンマークでは、2020年12月に不同意性交罪が成立したが、これはヨーロッパ31カ国で12番目である(Amnesty International https://www.amnesty.org/en/latest/press-release/2020/12/denmark-historic-victory-for-women-as-law-changes-to-recognise-that-sex-without-consent-is-rape/ (20211002)。
◆プロフィール
田中 恵美子(たなか えみこ)
1968年生まれ
学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。
現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。
研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。