《地域で生きる》20年目の地域生活奮闘記②~「普通に死ぬ」を観賞して感じたこと / 渡邉由美子

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

先日、大森のローカル映画館で2週間限定上映されていた、「普通に生きる」の続編の「普通に死ぬ」を観てきました。

普通に生きる」とはどういう映画であったかというと、生まれた時からの先天的な障がい(生まれてまもないときに事故、脳性麻痺、脳炎後遺症、高熱、痙攣に伴い重度の肢体不自由と知的障害、痰吸引など医療的ケア、合併症として心疾患、肺疾患、てんかんなどを複数併せ持つ状態の障がい像)の人々の話です。

その人たちが成人を超えて親亡き後を入所施設ではなく、地域でその人が輝ける時間を持ちながら暮らすために様々な拠点づくりや、その人たちがやりたい活動をつくり出し、関われる人をつくり出し、どんなに重い障がいがあっても家族から離れて自立生活をするというストーリーのドキュメンタリー映画でした。

この映画は、主に日中活動をテーマとしており特別支援学校を卒業したばかりの若い重症心身障害(児)者が中心の物でした。

特別支援学校卒業後、培った生活のリズムや能力を人生に生かす様に発展させることを目的とした拠点づくりができ始めたことをドキュメンタリーで紹介していました。そして更なる課題を提起するものでした。

そこには支援者の強い信念のもと、本人のシグナルから声なき声を汲み取って、どう本人の生きる力を伸ばしていくかを追求する視点から生み出す過程を鮮明に映し出す映画です。

最重度といわれてしまう人たちの日中活動をどのように何処でするかという問題は未だ全国的に解決されておりません。今後に残された大きな課題を鋭く明るく描き出していました。重度障がい者の日中活動の場からさえも簡単に排除されがちな最重度の方たちを一般社会での真の共生へと自然にいざなうための物語です。

「普通に生きる」を観てから、10年の歳月が経っています。

当たり前のことですが、10年歳月が流れれば状況も変化があって当然なわけで、登場人物のその後を描きながら、厳しい現実と向き合い、それでも「地域に生きる」にこだわった映画でした。

上記のような映画の続編として、「普通に死ぬ」を観たのですが、今度は日中活動のみならず、24時間365日、最重度の人が、家族の疾病や死別を乗り越えて、他人介護で普段通っていた場所での生きがいを継続しつつ、今まで一手に家族が引き受けざるを得なかった夜間や早朝の介護をも他人介護で賄える拠点をつくり出しながら生き抜いていく。

たくましくも壮絶な様をこれまた最後は支援者に囲まれて、美しく描き出されていました。やっとここまで最重度の障がいをもつ人が地域で生きるという選択肢も可能なのだという強いメッセージを一般社会に訴える映画でした。

また、両親は親亡き後の最重度の我が子を案じて、生きていけるように様々な活動を展開し、準備を重ねていたにも関わらず、病に倒れ、最愛の我が子に先立たれる場面もあり、不条理なやるせなさを深く感じずにはいられませんでした。

突然介護を中心的に担ってきた母親がガンを患い、余命宣告され、それでも一縷の望みをかけて闘病に励んだ末に力尽きます。

その棺を重い障がいのある我が子が何とも言えない表情をしながら親の顔を見ているシーンは胸詰まる切ない思いにかられ、地域生活確立のより強固な活動継続の必要性を露わにしていました。

母が亡くなった後、準備が整うまで医療型の入所施設に行かざるを得ませんでした。その時に言葉は出ませんが身体全体を使って、地域で生きたいことを必死にアピールしているシーンでは、受け皿の拡大と事前準備の重要性を感じました。

兄弟も母の闘病を支えるのと重度の障がい者の今後を考えることがいっぺんに訪れて、戸惑うこととなっており切なさの極みとなりました。もっと早くから行政や関係者が対応できていれば、このような緊急事態にはならずに済んだであろうことを考えると日本の福祉の貧しさを感じずにはいられませんでした。

私も曲がりなりにも20年自立生活をしていることになっていますが、今のところ両親が健在でいてくれるので金銭管理等の大きなものや精神的支え、何か自分では対処しきれない健康上の問題が発生したときなど振り返ってみれば、まだまだ家族に相談しながら生きているのが現実です。

本当に家族がいなくなったら強く生きることが続けていけるのかと自分の生活と照らし合わせて、身につまされるというか考えさせられる、改めて初心に返る良いきっかけとなりました。

それでも、重度の知的障害者も含めて今まで親亡き後は施設と決めつけられてきた人々が、どんどん地域に出て地域自体を変革し、制度の成熟を求める事で本当の意味で誰もが地域で生きることをスローガンではなく、現実のものとして実現できるようになってきていると実感できる映画でした。

この映画のようなことが全国的に展開できるような障がい者運動の強化と、支援者を作っていく活動を地道に行いたいと思います。そう考えれば、まだまだ私にもやらなければならないことがたくさんあるので微力ながら頑張っていこうと思います。

障がい者仲間の皆さんも共に障がい者運動を激しくしなやかにやっていきましょう!

 

プロフィール
渡邉由美子(わたなべゆみこ)
1968年出生。

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住。一人暮らしを開始。

主な社会参加活動:公的介護保障要求運動、重度訪問介護を担う介護者の養成活動、次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動、重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

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