私の抱負 / 古本聡(取締役・最高文化責任者)

数え切れないほどある、変化の速さを言い表す四字熟語の中で、この約2年半、私の頭の中で浮かんでいたのは次に挙げる3つです。

・「紫電一閃(しでんいっせん)」
一瞬の変化や、物事の急激な変化

・「千変万化(せんぺんばんか)」
情勢や状況がさまざまに移り変わり、変化し続けること

・「諸行無常(しょぎょうむじょう)」
世の中は常に変化しており、いつまでも変化しないものや永久に無くならないものはないということ

まずは、2023年が、ウクライナ戦争、不安定な円相場や景気後退の懸念など、コロナ禍以外にも憂慮すべき事柄がたくさんある中でも、土屋のメンバー一人一人が活路を見いだし、たくましく生きていく年になるように心から願っております。

さて、この2年半での土屋の変化は凄まじいものがありました。不調にも見舞われたこともありましたが、その変化は勿論、いい方向へのものだったと思います。だからこそ年明け早々に47都道府県すべてに事業所を展開するという快挙を成し遂げられたのです。そして、今後も大きな変化、変革があることでしょう。

決して好ましいとは言えない社会状況にあって、土屋がこれだけ前進できた要因は、まずはメンバー全員が紫電一閃に意識を向けつつも、腰を据えて目の前の業務に最大限の力を注いでくださったこと、そして組織を牽引してきたトップおよびミドル・マネージメントの力量の高さにあったと確信しています。

話は変わりますが、私は少年期から青年期の初めの頃までの時期を、言葉や習慣、考え方が日本とは全く違う国で育ったり、その国で親元から離れて施設で、周囲は他人だけという環境に身を置いたりした経験があります。その際、国家施策や施設の運営方針がコロコロ変わる都度、自分の本心は別にして考え方や行動を変えて行かないと色々な意味で「生き延びられなくなる」ことを学びました。すなわちあの当時、千変万化、諸行無常を知らず知らずのうちに、頭は幼稚でも肌で感じ取っていたのでしょう。

そして、そうして得た学びが本当の意味で役に立つようになったのは大人に、つまりは社会人になってからでした。

何処の国でどのような生活をしていたかについては、本社ホームページのコラム欄に掲載されている「赤國幼年記」シリーズをお読みいただければお判りいただけるかと思います。

「その時々の環境に合わせて考え方や行動を変えるなんてズルい!」と思われる方もいるでしょう。でも私はそうは思いません。自分の本質(大切なもの)は変えないのですから。また、様々なものの捉え方や思考方式があるということが分かるし、吸収もできます。そうすることで環境がかなり変わったとしても理屈が理解できます。ズルいというよりは強か(したたか)なのだと思っています。

「愚直になるな。大小に関わらず変化を理解して、それに合わせて自分の考え方を変化させていく」 ―― これが私の抱負です。

最後に、「抱負」とは、自信の目標をしっかり「抱き」(見据えて)、それに対して責任を「負う」ことだということを付け加えておきます。

 

◆プロフィール

古本 聡(こもと さとし)
1957年生まれ

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

 

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