地域で生きる/23年目の地域生活奮闘記130~5〇年生きてきて思うこと~ / 渡邉由美子

この原稿を書いている今日は私の5〇年目の誕生日の翌日です。だから何ということでもなければ、だんだん誕生日というものに嬉しさも感じなくなってさえいるというのが正直なところです。

それでも毎年思うことは”極小未熟児”で生まれた私がこうして今まで命を繋いで来られたこと、それだけでなく家族や教師、親元を離れて地域での自立生活をはじめてまる22年、他人の力を借りながら自己決定に基づく暮らしを続けられていることは、やはりとてもすごいことなのだということです。

生まれた当初、担当医からは、「二十歳までは生きられないから、それまで家族の温かみの中で楽しく暮らせるようにしてあげなさい」と言われていました。そう考えれば本当に「思えば遠くに来たものだ」という何かの歌が頭に思い浮かぶような歳月でした。

そんなことを考えながら過ごした誕生日の翌日、私は胃カメラの検査を受けてきました。ふだんは医者嫌いで、自ら進んで病院にかかることなどないのですが、一ヶ月ほど前から嘔吐が続き、持病の逆流性食道炎の悪化を疑ったのと合わせ、今年は家族で一番健康に気を遣ってきたはずの母親が病に倒れたこともあり、検査を受けることを決めました。

母は少しずつ回復の兆しがみえているものの完治にはまだ遠く、老化による体力や気力の低下が重なり、心配はつきません。父親は今のところ大きな病気やその後遺症を抱えているわけではありませんが、87歳と高齢なこともあって、脚の弱さが日に日に加速しています。

そんな中で迎えた私の誕生日は、家族にとってはかけがえのないもののようでした。出産時から大変な状況の中、両親は「どんなに後遺症が残ろうとも命が助かってくれればそれだけでありがたい」と思い、必死にリハビリに連れていったり、出来ることは様々試したりしながら、”可能な限りまっとうな大人に育てる”という教育方針のもと、手塩にかけて育ててくれました。

そのおかげで今の私があることは間違いのない事実です。そのことに思いを馳せた時、私の誕生日は何の障がいもなく生まれてきた人たちのものとは違う重みのあるイベントなのだと思います。これからも一年、また一年と意義のある暮らしを継続していきたいと考えています。

そんな折、これからやってみたいと思うことがふと見つかりました。大それたことではないのですが、「今年は自分に余裕がなくても余裕があるふりをして、より穏やかに生きること」をテーマに過ごしたいと思います。

身体は全く自分の意志では動かせない私が、起きている間に常に動かしているところと言えば”口”です。古くからあることわざで「口は災いの元」とはよく言ったもので、私の不用意な発言がきっかけで、社会参加活動を共にする仲間や同僚に不快な思いを抱かせてしまったり、私の日常を支える介護者が私に嫌気がさして支援を続けられなくなってしまったりといったことを、長年の生活の中で幾度となく経験してきました。

でもよくよく考えてみれば、私自身がどんなにそうしたいと望んでも、先に挙げた人たちの協力なくして、その生活を実現することはできません。ですから私が様々な意味で生活を共にする人たちが気分よくいられる状況を出来るだけ維持していける一年にしたいと思います。

そうはいっても日々の活動を送る中では、やはり「自分はこういう生活をするために地域にいるんだ」という強い想いやこだわりが先行してしまう傾向にあります。せめてその日の関わりの始まりと終わりにはその人の顔を見て、今日一日介護してくれた、あるいは活動を共にしてくれたことへの感謝の気持ちがしっかりと相手に伝わるようなコミュニケーションを心がけ、少しでもいい関係性を築いていく努力を継続しようと思っています。

そんな風に人と人との絆を深めていくことができたならば、地域に助けてくれる人がたくさんでき、いずれ家族がいなくなる未来が訪れても、怖いものなしで生きていけると感じます。

また日々楽しいことがなければ、何のために生きているのか、生きる目標を失ってしまいます。今年はコロナ禍前にやっていたように、コブクロのライブ観戦をしたり、若いスタッフを誘って遊びに出かけたりといった人生の楽しみを味わう時間も大切にして暮らしていこうと思います。

”胃カメラの検査結果が悪くなかったら好きなものを食べに遠くまで出かける”というような計画も実行したいと考えています。

重度訪問介護の制度の中身について「出来るだけ個人の生活が制限されないように」と仲間と共に闘い、作り上げてきたのですから、自分でも他者でも困っている時に必要な支援の手が差し伸べられるよう真剣に活動を行っていきます。

一方で、制度があるからこそできる人生の楽しみ方を突き詰めていきながら「重度の障がいを持っていても頑張って生きてよかった」と思える人生の終盤へ向けた準備を余念なくしていきたいと思います。

自分の人生が終わる時には「我が人生に悔いはない」と思っていたいのです。ネガティブ思考がどうしても先行してしまう自分の性格を少しでもポジティブに変換しながら、小さな楽しみを噛みしめて生活していこうと心に決める誕生日でした。

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を精力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

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