健康である事と差別
障害と病気は違う。「障害」は病気と呼ばれる時期を経ての後遺症的なものだ。病気からの身体の変容が大きくなって介助が必要となる生活になった時に、病気は障害と呼ばれる。病気の時には看護とだけ言われていたケアが障害になると看護プラス介助が必要であることも多い。
障害者権利条約で障害者は医療モデルではなく社会モデルであると宣言された。私の障害は、骨のつくりが非常に脆いので骨折が頻発する。骨折すると痛みはあるので動きたくない。そういう身体に対して社会は病気と決めつけてきた。病気と決めつけられると即治療が必要とみなされ、幼い頃は男性ホルモンの投与や虐待とも言える治療をされた。
ところが私の中では、私の身体を病気とみる眼差しに対して反発がずっとあった。反発の核にあったのは、骨が折れても手術をしなくても私は健康であるという自負だった。だからこそ、同じ障害をもつ娘が生まれたとき、この体で生き抜いた知恵を様々に伝えられることが嬉しいと感じたのだった。
娘は私と同じ骨の特徴を持つ体であったが、病気ではないと知っていたので骨折をしてもほとんど病院に行かなかった。そして娘の離乳食にも玄米お粥と野菜を柔らかく煮た味噌汁を中心とした。
当時私はシェアハウスをしていて、いつも4、5人の大人と娘が居た。大人たちも皆肉も魚も殆ど食べず、家の中では、ベジタリアン的食生活だった。スーパーに行けば離乳食のコーナーには興味深い瓶詰めがどんどん並び始めた頃だったが、それらを使うことは全くなかった。
私の中では生まれてきたばかりの人に自分の知らない土地でどんな人たちによって作られたか全くわからない食べもの、それを工場の中に運んでその製造過程に何が使われているのか、どんな人がどんな思いで作っているのかも知らない食べものを、彼女の口に入れるのには非常な抵抗があった。私は20歳ぐらいから肉を食べないでいたが、その理由のひとつがそれだった。
つまり肉にされる動物たちの身体を作る餌はどこから来るのか。肉が作られる過程で使われる大量の薬や添加物。それらが家畜を食べることによって、農薬や添加物が濃縮されて私たちの身体に入ってくるのだと知っていたから、娘の離乳食に肉を使うことはしなかった。
ただその頃カリフォルニアヨーグルトが流行っていたので、私以外の彼女を取り巻く大人は彼女にそれをよく食べさせてもいた。チェルノブイリによる牛乳の被曝や汚染が言われて10年経って生まれた娘。放射能に汚染されているかもしれない牛乳は心配ではあったが、なぜか積極的にそれを排除することはしなかった。
娘が5、6歳の頃、彼女は遊ぶことが忙しくご飯をなかなか食べてくれない時があった。そこに登場したのがフルーツとヨーグルトかけご飯。私は正直驚いたが、食生活は身体と命に安全でそれぞれが美味しいと思うものを食べれば良いと思っていたのでクリエイティブな彼女の言に従った。
フルーツはスイカやイチゴが中心で、それをヨーグルトと一緒に玄米ご飯の上に乗せてスプーンで彼女の口にせっせと運んだ。その頃私は外での仕事が多かったので彼女と食事の時間だけはなるべく一緒にしたいと思っていた。その結果、遊びに忙しい彼女の脇で「宇宙ちゃん、あーんしよう」と言い続けた。
牛乳は骨を丈夫にすると言われている。だが私が知った情報はそれとは真逆だった。アメリカで行われた実験、50人だったか、100人だったかの骨粗しょう患者を半分ずつにし、牛乳を毎日飲むグループと飲まないグループに分け、3ヶ月もしくは6ヶ月の実験データを読んだのだった。
そこで出た結論が、牛乳はあくまでも牛たちが彼らの体を作るために飲むもので、色々な意味で人間は飲むべきではないと書いてあった。牛乳を飲んだグループの方が、痛みや症状の改善がほとんど見られなかったにも関わらず、飲まない方のグループには痛みが軽減したり、症状が改善したと書いてあった。それを読んで以来私は生の牛乳を飲むのは全くやめた。
カフェでコーヒーや紅茶についてくる、コーヒーメーカーという小さなプラスチックに入ったミルクがある。私は生の牛乳は飲まないけれど、ときどきそれをコーヒーや紅茶に使っていた。ところがそれも薬品を調合して作られたものであって、牛乳は一滴も入っていないと聞いて仰天したことがある。
これは阿部司さんという方の『食品の裏側』という本に詳しい。彼は食品会社で肉団子を作っていた人だ。肉団子の原材料は、市場に出せないクズ肉をこれまたさまざまな薬品を調合しておいしく仕立て上げるという。彼はその肉団子を自分の息子が「美味しい美味しい」と食べていることに心を痛め、会社を辞めて先述した本を出版した。
大量消費時代の中、食べものは消費の対象物でしかない。システムはいかに消費させる
かだけを考えてその宣伝に血道を上げる。テレビ等のメディアを使って毎日どれだけのフェイクな食品の宣伝がなされていることか。
私は食べものの本来の役割は、命の継承だと考えている。安全ではない食べものを食べ続ければ健康が侵され病気にもなっていく。そんなフェイクな食べものを私は食べたくないと思っている。食べものを前にして私は、自分が消費者として機能するのみではなく、一番には豊かな命の継承者としてありたいと考えている。
◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ
骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。
著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。
2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。