【「小さな声」を探し求める―「個」が躍動する組織のつくり方― 書評】第2回 S1グランプリ

介護福祉士になって

私が介護の仕事を始めたのは「正社員になりたいから」でした。
高校も卒業せず19歳から製造業で働き、25歳で転職し特別養護老人ホームで働きました。

何もわからずに働きましたが、人に恵まれて色々な経験ができました。

ですが、私生活では父が病気で在宅での介護がありました。母と弟と私で介護をしていましたが、主な負担は母でした。

色々手術をしたので、やることが多く大変でした。

鎖骨からポートを埋め込み、24時間栄養での点滴、大腸がんの為ストマーの交換などがありました。
在宅での介護はとても大変でした。

父は自分のやり方でやっていたので、訪問看護さんは大変でした。
自己流の医療知識をもとに間違っていると怒鳴ったりし、何度看護師さんが変わったか分かりません。

看護師さんに申し訳なく思いましたし、訪問したくないだろうと思いました。
母も仕事をしながらだったので、朝早く起きて点滴の準備など色々父のフォローもしていました。

もちろん私もできる範囲でしていました。

今その仕事をしていて、すごく色々なことを思っています。
今は施設などありますが、障害者の方が入れる施設は少ないと思っています。

やはり需要があるのは高齢者であり、昔は家で看取るのがほとんどだったと思いますが、今は施設、病院で最後を迎える方がほとんどです。

施設で働いていた時は、面会に頻回に来る家族様、ほとんど面会に来ない方、色々な家族を見てきました。
住み慣れた家で最期を迎えたいと望む方は多いですが、現実にはなかなか難しいです。

介護サービスをうまく利用しながら家で暮らせる方はいますが、現実は知らない人が多いからです。
自分で調べて役所に聞かないと、そのような制度があると知らないのです。

私も土屋で働くまで、重度障害の方のサービスがあるとは知りませんでした。
土屋は全国にありますが、まだ知らない人がほとんどだと思います。

土屋がどのように今後知られるようになるかには、日々の私達の業務が重要だと思います。
訪問は色々な方が入りますが、人それぞれです。

やり方のベースはあっても直行直帰という性質上、困った時に誰に聞くのか色々考えることがあると思います。

施設だと、それは月に1回でもミーティングすれば解決します。
訪問はそれがなかなかできないのが難しい課題だと思います。

クライアントが安心して在宅での生活ができるように支援できたらと思います。

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