
まだ十四歳だから
「まだ十四歳だから、そばにいてあげて」
看護師からそう声をかけられた瞬間、胸が苦しくなった。
コロナ禍の最中に、当時中学生だった娘が7時間に及ぶ大きな手術を終え、ICUに行く時のことだ。
私は「もう十四歳だから大丈夫」と思い込み、娘も大丈夫だと笑っていたから、その言葉を信じてしまっていた。
だが、ICUへ行くと、麻酔から半分覚めやらぬ中で「ママ、ママ」と何度も私を呼ぶ娘の姿があった。
「ごめん」という思いが込み上げ、涙をこらえるのに必死だった。
「そうか。まだ十四歳だった」
情けないくらい当たり前のことに、そのとき初めて気づいた。
面会が許されない二週間、あの言葉を何度も思い出し、早く会いたくて仕方なかった。
本書『「小さな声」を探し求める』を開いたとき、真っ先に蘇ったのがあのICUの景色だった。そして、本の一節に触れながら気づいた。
私はずっと現場で誰かの小さな声を探す側にいるつもりだったけれど、本当は逆だったのかもしれない。
これまで何度も誰かに「小さな声」を拾ってもらい、生かされてきたのは私の方だった。
中学の頃、不登校になり外に出られなくなった。
理由を問い詰めず、無理強いもせず、養護学校という選択肢をくれた両親。
いつもそばにいてくれた養護学校の先生方や、「高校はどうだ?」と、今思えば普通ならかけないような言葉をかけてくれた高校の先生方。
心を閉ざしていた言葉にならないSOSを、周りが静かに汲み取って居場所を作ってくれた。
福祉の現場に出てからも同じだった。
新人の頃、感情的になる私を「今は今のままでいい」と認めてくれたリーダー。
悩む私に「できてるよ、ちゃんと伝えてあげられなくてごめんね」と目線を合わせてくれた前職場の課長。
「言いづらかったら僕が言いますよ」と声をかけてくれた先輩。
いつも誰かが、私の表には出さないようにしていた自信のなさや迷いを拾い上げてくれていた。
最初は、娘を育てるために、時間帯が合うという理由だけで始めた介護の仕事だった。
何の抵抗もなく自然と馴染んだ現場だったが、どうしても納得のいかないことが起きた。
介護士の意見が看護師に届かず、同僚や自分が責められて泣くほど悔しい思いをした。
「同じ土俵に立てば、こちらの話を聞いてもらえるのではないか。同じような思いをする介護士が減るかもしれない」
二人目を出産したタイミングで、看護学校への進学を決意した。
ひとり親家庭の経済状況に加え、ゼロ歳と七歳の子育てをしながら通うには時間的な制約も大きく、周囲に支えられながら、准看護師の選択が精いっぱいだった。
それでも、看護師として戻った現場では、介護士だった頃の悔しさを忘れず、仲間の思いに寄り添えるようになったと思う。
私は面会に来られたご家族と話をする時間が好きだった。
家族にとってどんな存在なのか、現場では見えない姿を知ることで、目の前の人をもっと理解できた気がした。
その後、家族を巻き込んだ地に足の着いた支援がしたくてケアマネジャーになり、今はサービス提供責任者として働いている。
振り返ると、クライアント本人からだけでは聞き取れない気持ちを探すことにやりがいを感じていた。
そんな私に、一番身近なところで最も純粋な声を届けてくれたのは、やはり娘だった。
今の職場への転職が決まった時、「ママ、前の仕事大好きだったでしょ。私の学費のせいで転職させてごめんね」
自分を責める娘の優しさに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それと同時に、自分の気持ちに気づくことができた。
あぁ、私は結局また医療や福祉の仕事を選んでいる。
「私、この仕事が本当に好きだったんだ」 娘に言われて初めて、自分でも気づいていなかった気持ちに気づくことができた。
私は仕事を教える場面では、「そんなことも分からないの?」という言葉は使わないようにしている。
それは私の物差しでしかないからだ。
年齢を重ねていても、すべてがベテランなわけではない。
思い込みだけで相手を決めつけず、その人が今どんな背景や思いでそこに立っているのかを考えたい。
あの日、私が「まだ十四歳だった」娘の気持ちを見落としていたように、人は自分の物差しだけで簡単に相手を見失ってしまう。
本書を読んで、そのことを改めて感じた。
あれから何年たっても、「まだ十四歳だから」というあの看護師の言葉は、私の中に残っている。
あのときICUにいた娘は今、看護学部受験に向けて頑張っている。
本書を読み、代表が語る「言語化して繋いでいくこと」の意味を深く考えた。
私にとっては、単なる会社の理念だけではない。
あの日、私を救ってくれた一言も、前を向かせてくれた先生や上司の言葉も、誰かが私に手渡してくれた大切な原点だったと思う。
だから私は今日も、自分の物差しを一度横に置き、「分かったつもり」にならないように、学び続けながら目の前の人の小さな声を探し続けたい。
そして、私自身が受け取ってきたその言葉を、今度は私も誰かへ手渡せるような人になりたい。





















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