『引越随想集』【前編】 / わたしの

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

もうすぐ引越しなので、家の中のものを整理しています。

物は少ない方だと思っていましたが、それでもかなりの量になりそう。
引越し業者にもらった段ボールがあれよあれよという間に少なくなり、壁際に荷物として高く積み上がっていきました。

十年も暮らしていると、いつの間にか「生活の澱(おり)」のようなものが溜まっていて、それらをきれいさっぱり捨てることができるので気分が軽やかになる一方、物やこの部屋やこの土地への愛着から寂しさが心に滲んできます。

しかし、その感情に一つひとつ向き合っていると作業が進まないので、とにかく今は顔を背けながら着々と手を動かしていきます。

自分の物はある程度目処が付きましたが、ひとつ大仕事が残っていて仕事の休みの日にじっくりと向き合おうと考えていました。

それは娘のおもちゃの選別です。

おもちゃ箱二つ分のおもちゃたちを「いるもの」「いらないもの」に分ける作業です。
つまり新しい住居に持っていくか、ここで捨てるか。その選択を娘にしてもらわなければならないことがなんとなく憂鬱でした。

おもちゃ箱といらないものを入れるための段ボール箱を用意して、娘を呼び、この家を離れることを説明し、さらにおもちゃを分けてほしいことを伝えました。

「うん、わかった!」

娘は何か重要な仕事を頼まれた喜びからなのか、嬉しそうに返事をして張り切っていました。

気が重かったのですが、そんな様子を見ていたら少し心が軽くなりました。

「アンパンマンのぬいぐるみは?」

「いる!」

娘がぬいぐるみをおもちゃ箱に戻します。

「パズルは?」

「いる!」

「ガラガラは?」

「いらない」

「ファントミリスティ(音の出るおもちゃ)は?」

「いる、いる!」

「布のボール」

「いらない!」

娘はテンポよく次から次へとさばいていきます。
その瞬時の判断の速さに呆気にとられました。躊躇なく最後まで終わらせていました。

手を止めることなく、迷うことなく、分けていたのが不思議だったので、終わったあとに聞いてみました。

「いらないものは何でいらないの?」

すると、娘は少しだけ考えてから、

「赤ちゃん」

と、答えました。

答えてくれたのはその一単語ですが、どういう意味なのか考えてみると「赤ちゃんのときに使っていたものはもういらない」ということなのではと思いました。

ガラガラ、布のボール、色合わせのおもちゃ・・・

確かにいらないものの箱には赤ちゃんぽいものが入っています。

娘は作業を終わらせるとスタスタと洗面所に向かい水遊びをはじめました。
その背中は作業を終えた達成感からか妙に頼もしく、自信満々。

その背中を見送りながら「もう赤ちゃんじゃないね」と思いました。

「私はもう赤ちゃんじゃないわよ」

「赤ちゃん」という一言にはきっとそういう意味もあったのかもしれません。

「私はお姉ちゃんよ、馬鹿にしないでね!」

「こんな赤ちゃんっぽいものはいらないわ!さよならよ!」

この家、この土地で娘は生まれ、育ち、いつの間にか赤ちゃんではなくなりました。
大事な時間をこの土地で過ごしたということです。

ありがとう。その思いでいっぱいになります。

窓の外を見ると、四月の空に上水沿いの大欅が揺れていました。萌え出たばかりの緑が美しい。

粗大ごみの日が翌日に迫り、大物をマンションのエントランスまで運ばなければなりませんでした。

カラーボックスが6個と、自転車、それからベッドです。

夜中に私はその作業をすることにしました。

自転車は自転車置き場から移動させるだけだし、カラーボックスは何往復かしなければいけないにせよ、ひとりで出せないことはないと思っていました。

しかし、マットレスと一体型のベッドは重くて、エレベーターもない3階から狭い階段を使って下まで下ろすのはひとりでは絶対に無理だろうと考えていました。

無理なのでベッドを運ぶときには妻に声を掛けて助けてもらおうとしていましたし、そのために事前に約束もしていました。

ところが、カラーボックスを下ろし終えて次はベッドだというときに「もしかしたら一人で下ろせるかもしれない」「がんばってみよう」というチャレンジ精神がなぜだか湧いてきたのです。

時間は掛かってもいいから、このベッドと一対一で向き合ってやろう。

重いベッドを掴み、後ろ向きに引きずって廊下を移動し、階段を滑らせるようにして運びました。
上から落ちてくるベッドの重みを受け止めながらゆっくり階段を下りました。

「できる、できる!」

全身の筋肉に力を入れて一息で下まで下ろしました。

「できた…」

指先は震え、呼吸が乱れていました(運動不足)。

粗大ごみ置き場までひとりで運び終え、私はそれができたことが信じられない気持ちでいっぱいになると同時にこう思っていました。

「無理だと決めていたのは自分だ」

こんな重くて大きなマットレス一体型のベッドをひとりで運ぶのは絶対に無理だと決めちゃって、やる前から諦めていたのは誰かというと、この自分です。

やってみると運べました。

「やればできるんだなー」

「最初から無理だと決めちゃいけないんだなー」

と、つくづく実感し、次のような言葉が浮かびました。

「無理だと思うから無理になる」

そこではっとしました。

これって渡邉美樹さんのセリフだ!

ー後編につづくー

 

 

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