土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)
約17年前、私は悪性リンパ腫という血液の癌を患っていました。次男がお腹の中にいたため、化学療法を開始することができず、妊娠7カ月で産むという決断をせざるを得ませんでした。
次男は1754gで出生し、すぐにNICUの保育器に入り、人工呼吸器を付けました。しかし、その10日後に脳室周囲白質軟化症と診断されました。担当医から脳に障害が残ってしまう可能性があると告げられましたが、いまいち状況を受け入れられなかったのを覚えています。
その後、次男は約2カ月でNICUから退院することができました。しかし、ウエスト症候群を発症してしまい、脳波に異常があることがわかりました。障害の症状が発現し、徐々に介護が必要になっていきました。高校2年生になった次男は現在も筋緊張が強く、四肢麻痺で食事、排泄、入浴など、全ての介助が必要です。このように、家族介護と長年向き合い、その大変さを身に染みて知っているからこそ、介護を仕事にしたくないと思っていました。
次男の通う支援学校に授業参観に行ったときのことです。看護師さんがある生徒の吸引をしていました。他にも、鼻腔からシリンジで栄養を注入していたりと、医療的ケアを目の当たりにすることが多くありました。様々な医療従事者、福祉関係の方々に接する機会が増え、障害者の現状を知ることになりました。それと同時に、息子の将来に不安を持つようになりました。
私もこのような医療的ケアをする立場になれば、いざというときに役に立つ知識も身に付き、より良い介護、つまり、息子を守ることに繋がるのではないかと思い始めました。
実際にそのような環境に身を置き、様々な方に接することができました。相手の伝えたいことを読み取り、自分の伝えたいことをわかってもらえるよう、試行錯誤を繰り返すことで、以前よりも息子の体の変化に気づき、落ち着いて対処ができるようになりました。
無資格からでしたが基本介護技術を学び、障害福祉サービス制度も学ぶことができました。そして、実際に今まで利用してきたサービスも理解することができました。振り返ると、たくさんの方々にサポートしていただき、充実した生活をしてこれたことに改めて感謝しています。
困っていてサービスを使いたくても使えない方にも自宅で安心して暮らせるお手伝いができるよう、そして一人一人に合ったサービスの提案もできるようサポートをしていきたいと思っています。
最後になりますが、社会問題の解決に少しでも貢献できるよう、今後も模索していきます。
白鳥美香子(しらとり みかこ)
ホームケア土屋 東北