一年が経つのがとても早く感じられるようになっています。そんな慌ただしい日々を送るなかで、重度の障がいをもつ人が置かれている現実を思い知らされる出来事にいくつか遭遇しました。それらを解決するために何ができるのか、考えていこうと思います。
一つ目は知的障がいと肢体不自由のハンディをもつお子さんとそのお母様の話です。そのお母様はとても子煩悩で、本当によくその子の介護や療育をされていました。日々の健康管理はもちろん、知的発達面や心のケアまで、ご本人の努力とお母様の細やかな配慮が功を奏し、その子は目覚ましい成長をとげました。
とても仲のいいご家族で、家族全員でその子の成長を喜び、またさらなる可能性の芽生えを願い、一生懸命に手を尽くしている姿が印象的でした。近くで見ていた私達も「あれだけの全身全霊のケアは並大抵ではできない」と思わずにはいられませんでした。
ところが数年前からお母様が病に倒れ、ご本人の闘病とご家族の願いもむなしく、ついに亡くなってしまいました。存命中は自身の病に挫けることもなく闘病と並行し、精力的にお子さんのケアを続けておられました。今後はお父様が障がいをもつその子と健常児のきょうだいの生活を担っていくことになるのだと思います。
とはいえお父様は経済的なことも担いながらの育児となります。このように病気で片親を亡くした家族がどのようにして生活を維持していけるのだろうと考えると、今の社会支援制度では到底支えていくことはむずかしい。障がいをもつ子はもちろん、健常児のきょうだい達の成長にも大きな影響が及ぶのではないかと考えてしまいます。
知的障がいと肢体不自由を合併しているだけでなく、その子はまだ小学校低学年。自分で自分の人生を設計することなどできるはずもありません。私も含め事情を知る周囲の人達はお父様に「何か困ったら助けるので、何でもいってくださいね」と声をかけることはしますが、現実的に私達にできるサポートなど限られています。
福祉活動を精力的に行い、どんな状況になっても地域で生活し続けるという決意をもって生きてきた私ですが、この時ばかりはとても情けない気持ちになったものです。
お母様の闘病中からその子は放課後等デイサービスなど、児童が使える福祉サービスはすでにフル活用していますが、現状、夜間をカバーする制度は入所施設に入る以外にありません。その子が施設へ入所するのではなく、家族と一緒に自宅で生活し続けられたらと願ってやみません。
さて2つ目は介護職として日々私の生活を支えてくれるスタッフについてです。当然のことながら、スタッフ自身にも仕事を離れれば個々の生活があり、家族がいます。そのため家庭の事情で急に欠勤となることもあり得ます。
たとえ行政から介護に入ってもらう「介護時間数」を勝ちとったとしても、今の重度訪問介護の制度では、時間数通りに介護者が入ってくれるという保障はどこにもないのです。
これは長年にわたり考え続けてきたことですが、介護者やその家族に何らかの事情がある際、きちんと休める体制づくりを普段からしておかなければ、介護を受ける側も提供する側も立ち行かなくなってしまいます。
長年それが問題提起されながらも、介護業界の慢性的な人材不足によって、解決の糸口すら見つからないというのは重度訪問介護の抱える深刻な課題です。
利用者は年々増加の一途を辿っており、介護者を派遣する事業所側もそれに応えられるよう事業拡大や人材確保を進めています。それでもなんらかの事情でスタッフの一人が介護に入れなくなると、とたんに不安定になってしまうのが現実です。
パズルのピースを右に動かしたり、左に動かしたりしてはみるものの、もともとがギリギリの人数で日々を回しているだけに、必要なピースが埋まることは非常にむずかしく、誰かが過剰勤務を強いられ、急場を綱渡りで凌ぐという事が常態化しているのです。
これは今に始まったことではありませんが、以前よりも状況が悪化していることに、強い危機感を抱かずにはいられません。
身体的・知的・精神的に重度の障がいをもつ人たちが地域で暮らし続けることができるよう整備された「重度訪問介護制度」は、よくここまで成長してきたと思います。とはいえ十分な介護者が確保できなければ、制度そのものが本末転倒になってしまいます。
介護者にどうにもならない事情があるときに安心して休んでもらい、またその間、利用者が安心して介護を受け続けることができる環境を整えるために何ができるか、考えていきたいと思います。
一般的に「学生ヘルパーは介護が本業ではないし、関われる月日も短いため、あてにならない」といわれます。ただ私の経験上、これまでそういった急場を凌ぎ、地域での生活を継続するために、たくさんの学生ヘルパーの協力がありました。
人材バンクのようなシステムを作り、学生さんに登録してもらい、いざという時にはその人たちに協力してもらうというのも秘策の一つだと感じています。介護の知識や経験のない学生をイチから育てるのはしんどいなと思うことも少なくありませんが、これからも継続していきたいと思います。
人生には三つの坂があるといいます。一つは上り坂、もう一つは下り坂、そして最後は「まさか」の事態なのだそうです。これからも様々なまさかを経験し乗り越えながら、重度の障がいをもつ全ての人が介護者や支援者と共に手をたずさえ、揺るぎない地域生活を継続していくための基盤づくりを、障がい者運動を通して行っていきたいと思います。
◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生
養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。
◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動