ニコチンに思うこと / 安積遊歩

今回はニコチンに思うことを書いてみたい。煙草の煙があちこちに見えるということはなくなってきてはいるが、喫煙は、私にとってはアルコールと並んで最悪のアディクションである。煙草の値段は上がり続け、喫煙人口が減るように、社会の側も努力してきた。ここ十数年のことではあるが、それがどんなに毒かをパッケージの表面に書き連ねるようになった。(残念ながらアルコールにはそれが全くない)

私は二十歳で障害をもつ人、当事者による運動に出会った。その時にはまだ煙草は嫌いだった。幼い頃に父が酒と煙草の臭い息を吐きながら、「可愛い可愛い。」と自分のほっぺを私のほっぺに擦り付けてきた。その時の気持ちの悪さは最悪だった。もしあの臭い息がなければ、私は三人兄妹の中では1番父と近かったので、少しは嬉しかったかもしれないが。(髭は痛かったが)

父は兄が大学受験を前にして、自分も煙草を辞めるから兄に受験を頑張るようにと禁煙を宣言した。それ以来、家の中では煙草の煙に悩まされることはなくなった。

ところが、障害を持つ人の運動に関わる中で私自身がいつの間にか吸い出していた。よく思い出す情景は友人たちと夏に居酒屋に行ったときのこと。3人で「ビールジョッキを3つ!」と大声で言ったにも関わらず、カウンターに並んだジョッキは2つだった。真ん中にいた私にはコップに入った水が運ばれてきたのである。そこで私は煙を燻らせた。「『私もビール』と言ったのだけれど、聞こえなかったのかな?」とウエイターに言いながら。

若かった私はどう見ても未成年者にしか見えなかっただろうから、社会に抗おうとするときの手立てとして、煙草に捕まってしまったのだ。この社会は徹底的な大人社会だ。大人は子どもよりもずっと自由度に満ち満ちている。何を食べるか、何をするか、どこにいくか、果ては何時に寝るか。トイレに行く時間すらも子どもは大人に決められている。学校がその例だが、幼い時に寝る前に「トイレに行っておきなさい。」と言われないで育った子はいないだろう。

大人は究極その場にいたくないと思えば、仕事を辞めたり自分の好きな場所に行くことできる。ところが子どもはそれが許されず、不登校というレッテルまで貼られてしまう。大人もまた、煙草やお酒によって、命の自由、賢く生きる自由を阻まれている。時には阻まれるだけでなく、命そのものまで奪われてしまう。

2000年前後くらいに、アメリカで煙草の健康被害が徹底的に追求された。煙草で利潤を求め続ける会社と煙草が健康被害で医療費を増大させるのだと訴える人々との攻防が激しく続いた。その頃カナダでは、煙草が高額で、おまけにパッケージには肺がん患者の恐ろしいレントゲンのフィルムが載っていると聞いた。それから20年、確かに日本の禁煙キャンペーンも進んできた。

今私の手元には「アメリカンスピリット」という煙草がある。これはその分野で知られたフリースクールの校長をしている教育者からいただいた。この20本入りの煙草の表と裏にある言葉を書き出してみる。

まず表面から。「たばこの煙は、あなただけではなく、周りの人が肺がん、心筋梗塞など虚血性心疾患、脳卒中になる危険性も高めます。」次に裏面。「20歳未満の者の喫煙は、法律で禁じられています。喫煙は動脈硬化や血栓形成傾向を強め、あなたが心筋梗塞など虚血性心疾患や脳卒中になる危険性を高めます。」

先にこの煙草を教育者からいただいたと書いたが、私は彼の命と健康を守りたく、彼の了承を得て、「預かりますね。」と言ってもらったものだった。彼は70代の男性で、8年前に舌癌になった。その経験の中で、彼は完全に煙草も酒もやめた。しかし5年後、自己判断でそのあとからは、煙草もお酒も元通りに復活。これが、アディクションの恐ろしさだ。

それを聞いて私は、最近亡くなった友人の立岩真也氏のことを伝えた。彼も亡くなる3年前にヘビースモーカーだったために肺がんとなり、煙草が全く美味しくなくなったという。しかしお酒がやめられず、今度は悪性リンパ腫となり約半年で亡くなってしまった。

その経験の中から私は、教育者の彼に「子どもに大きな影響を与えるロールモデルであることを自覚してほしい。」と伝えた。教育者だけではなく、大人は全て子どもの良きロールモデルであってほしい。それが実行されることが教育であり平和な世界をもたらすのだ。

彼には、彼が禁酒と禁煙が実行できて、本当に良い教育者となってくれるまで、何度でもお会いしたいと思っている。煙草に苦しんでいる本人と周りの人たちを応援するためには長い時間がかかる。しかしだからといって諦める訳にはいかない。私は、電子タバコの害も含めて禁煙禁酒とセルフケアの大切さをさらに言い続ける。

◆プロフィール

安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

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