高裁判決と軍拡と出生前診断 / 安積遊歩

1994年私はエジプトのカイロにいた。私にとって忌まわしい旧優生保護法の廃絶のスピーチをするためだった。10代前後から旧優生保護法の差別性に傷ついていた私は世界中の人に向かって私たち障がいを持つ人の産む権利を日本は認めていないと声を上げたのだった。

その2年後、私は思いがけずの妊娠と出産を果たした。そして同年旧優生保護法は母体保護法と改訂された。遺伝的障がいをもって出産したということで私は沢山のメディアに取り上げられることになった。

私がカイロで声を上げるまでには長い長い間も女性たちの運動があったのだ。優生保護法の差別性に気づいていた女性たちによって優生保護法と堕胎罪の廃絶を求める運動が1970年代ぐらいからずっと取り組まれていた。

私が堕胎罪の存在を知ったのは多分カイロに行こうと彼女たちに誘ってもらってからかも知れない。堕胎罪は明治期に作られ今も刑法212条に残っている。日本の女性差別がひどいのはこの堕胎罪からも来ているだろうと私はひそかに思っている。ただそのことはこの原稿とは別にきちんと書いていこうと思っている。今回は優生保護法が廃絶されてからこれまでの動きとこれからについて私の思うことを書いてみる。

今日3月15日は札幌高等裁判所で国の憲法違反を認めて小島さんの国家代償請求を認める判決がなされた。長い長い戦いの日々を経て、満額では無いにしても国賠訴訟としては良心的な判決だった。小島さんや弁護団の方々の労を心から労いたい。

ただ今後の事を思うとなぜここでこの判決が出たのかが不思議な気がする。今後この判決を国側は上告し、さらに小島さんは戦っていくのだろう。これまでの最高裁の出方を見ると高裁判決は、残念ながら覆されるだろう。あるいはもし万が一にも高裁判決を指示する判決を下すかもしれないにしても、それもまたメディアの報道の中でうまく政治利用される気もする。

つまり政府が今やっていること、特に軍拡の一途を辿るための政府の閣議決定は完全に憲法違反である。それにもかかわらずそのごり押しを、マスメディアが充分には書いていないし、告発にはほとんどいったっていないと私には見える。

政府の横暴独裁を告発しない中で、今回の高裁判決の方は大々的に報道しているように感じる。もちろん嫌なニュースより喜ばしいニュースを知りたいという人々の意識は尊重されるべきだ。しかし政治のありようをきちんと報道しなければ、政府も司法もやっぱりそこまで酷くは無いだろうという思考停止が続いていく。

私は旧優生保護法を世界に告発する機会をもらった者として、この時代を非常に憂いている。

優生思想の持つ暴力があまりにひどく社会に蔓延している。優生保護法は改定できたものの今度は胎児を選別し中絶するという暴力が常態化しつつある。優生思想は選別、管理、隔離を正義とする。その正義の物差しではかられたとき障がいをもつ胎児は殺されることに値するというわけだ。

優生思想をベースとする障がいをもつ胎児はこの非人間性に満ちた世界を生き抜くには困難であると、実に出生前診断受けて陽性と出た胎児の99%は中絶され続けているのだ。

テレビに映る戦争の映像を見て、その残酷さに人々の心は鈍感になり麻痺していく。その鈍感と麻痺のうえに、安らかであるはずの胎児を選別する出生前診断が拡散している。これは、閣議決定でなされた軍拡のプレイベントのように社会に侵食してきている。つまり、出生前診断は、障がい胎児にとっての戦場である。今回は旧優生保護法の違憲性が認められた。これからは出生前診断の凄惨さと残酷さを社会がどれだけ認識し、止めていけるのかに注目し、声をあげていきたい。

わたしの母は真に優しい人間的な人であった。わたしを大事にし、わたしをわたしたらしめてくれるために、彼女は常に涙とともに努力し続けてくれた。しかし、その母であっても、もし妹に私と同じ身体の特質が遺伝していると分かったときに、喜んで妹を迎えてくれたかは疑問だ。それを想像すると実に苦しくなるが、残念ながら彼女は社会のありようによってそれを選ばされたに違いない。つまり私たちの人間性の問題ではなく、社会全体の優生思想が過酷なのだ。

今日の判決の喜びをお腹の中にいる障がいを持つ胎児であっても分かち合えるように、私たちはしっかりと優生思想に向き合い、どの命にとっても平和に生きられる社会をつくりたい。軍拡にお金やエネルギーをかけているひまは一切ないのだ。私たちの知性と愛を持って今日の高裁判決での喜びを戦争のない世界への礎としたい。

 

◆プロフィール

安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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