地域で生きる/23年目の地域生活奮闘記136~人生本当に何が起こるかわからないことを実感~ / 渡邉由美子

気がつけば2023年も下半期に突入してしまいました。そしてこの耐えきれぬほどの酷暑の中、毎日どうやって身体を冷やそうか苦労しながら過ごしています。

そんな気温が災いしているのか、今私の生活を支えてくれている介護者たちが次から次へとドミノ倒しのように体調不良を訴え、休職せざるを得ない状況にまでなっています。そんなことは日常にもたくさん起きうるし、これまでもたくさん経験してきました。

とはいえ、今回のそれは「数日休息すれば治る」という体調の崩し方ではなく、介護者さん自身が急な病に倒れ、少なくとも介護職に復帰することはとてもむずかしい状態だという連絡が来たり、原因不明の体調不良が続いて検査を受けたり休養とったりしたものの、これまでどおりの介護ができるだけの体調に戻るのに、どのくらいかかるかわからないという状態になってしまったりといった具合で、「本当に人間はいつ何時どういう状況に陥るのかなど、まったく想像がつかないものだ」ということをしみじみと痛感しました。

そんなことが立て続き、ここのところ平穏に歩んできた私の日常生活はバタバタと崩れ、激震の日々へと変わってしまっています。

介護者だって人間ですから、疲れている時もあれば体調の悪い時、身体のどこかを負傷している時もあると思います。以前このブログで書いたことがありますが、長い付き合いの介護者で、3日後の勤務を約束する会話をしたのを最後に、病気で急死してしまった人もいました。

今回体調不良で休職している介護者の一人は「いくら検査をしても原因がわからない」と言いつつ、「いつまでも休んでいると、自身の生活も成り立たないから」と仕事を再開し、私の介護にも来てくれていますが、その姿を見ていてなんとも切なくなります。

またもう一人は、翌週の介護の内容について打ち合わせし、協力的に動いてくれる約束だったにも関わらず、介護に来てくれるはずの日の前日に急な病に倒れ、復帰の目処がまったく立たない状況です。

介護者は直接私と雇用契約などを結ぶのではなく、重度訪問介護事業所に所属しています。そこから縁あって私の介護に週1日、もしくは週2日入ることになると、そこからはたんたんと私の生活の一端を担い、支えてくれる大事な存在になります。

しかし介護者本人が病に倒れてしまうと、介護事業所から連絡はもらうものの、本人とやりとりをすることはできないため、詳しいことは何も伝えられず、まるでキツネにつままれたような感覚のまま、その人のケアが終了となってしまいます。それはとても悔しくて残念なものです。

それでも私は自身の生活を継続していかなくてはならないため、その人のことを心配しつつも、間髪を入れずに新しい介護者の研修を受け入れます。そうして質・量ともに決して十分ではない状態のまま、新しい生活を新しい介護者とともに始めていかなければなりません。

それはなんとも悲しい性というか、宿命を背負った暮らし方で、何十年と自立生活の経験が積み重なったとしても、毎日が綱渡りだと言わざるを得ません。いつか本当に綱が切れて奈落の底に突き落とされてしまうのではないかと恐怖に慄きながらも必死に、救命ロープを投げてくれる人を自ら探し求めて生活している日々です。

ケアをする側はあくまでもケア者として、利用者である私の状況を理解できるよう想像をめぐらせ、困難を一つでも取り除くべく仕事をしてくれています。悲しいかな、ケア者であった人が何らかの事故やその他のあらゆる疾患によって利用者の立場になってしまうということは本当にあるのだということを、今回身近でまざまざと見せつけられ、なんとも言えない複雑な気持ちになりました。

しかしそういった観点で重度訪問介護という制度を捉え直した時、万人が重い障がいや病を抱えても、自分の住み慣れた地域で、完ぺきにとはいわないまでも、ある程度自分の決めたスケジュールで、自分の食べたいものを食べたり、行きたいところに行ったりといったことのできる、世界にも例を見ないこの制度を守り、拡充していくことに改めて使命感をもって取り組みたいと思わされます。

ケアをする側は自身がケアしている間は、どうしても重い病気や障がいをもつ人をサービスの受け手として見ることしかできないのはある意味当然のことです。仕事が終わりプライベートな時間ともなると、利用者たちが住む世界とは違う一般の世の中で、いわゆる健常者として目いっぱい身体を動かしたり制限なく暮らしたりすることができるのですから。

でも健常者であっても「いつまでも20代の頃と同じような体力や気力で、多少の無理はいくらでも効く。何の制限も受けていない」という訳にはいかない瞬間が「まさか」というタイミングで起こってしまうものなのです。

一生元気でポックリと死ねる人も少なからずいますが、そうはいかないのが大半です。どんな状況になっても基本的人権や人としての尊厳が保たれる社会を、これからも築き続けていきたいと切に願う最近の出来事でした。

 

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を精力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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