認知症は高齢者にとって、生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となります。
一方、適切な介護とケアがあれば、認知症によるQOLの低下を防ぎ、自分らしく生き生きと生活することも可能になります。
認知症の高齢者が安心して生活できる環境として、グループホームが注目されています。
しかし、QOLを上げられるようなケアや支援を行うためには、グループホームの中でも、クライアント(利用者)個々のニーズに対応することが重要となります。
今回は、認知症ケアの成功事例のひとつとして、Aさんの事例を取り上げます。
【事例】
70代 女性
要介護度Ⅰ
グループホーム
ADL自立:杖を使用されていたが、なくても歩ける状態。 アルツハイマー型認知症 Ⅱa ※家庭外において、日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる状態。
認知症高齢者の望みや要望を汲み取ることが重要
自宅で生活している時から、毎日午前と午後の1時間ずつを健康のために歩いて運動していました。
健康のために続けていきたいという想いを持っていましたが、安全のために職員が一緒に外へ付き添うことは「私なんかのために時間を使わせたら申し訳ない」とお断りされるようになりました。
Aさんの望み
人を煩わせず一人で外に出歩いて運動がしたい
Aさんの望みは「ひとりで運動がしたい」ということと、「人を煩わせたくない」という側面があります。この両面を解決することで、Aさんの要望を叶えることが可能になります。
望みを叶える際に考慮すべきリスク
まずは、Aさんの望みを叶える際に生じるリスクについて考えてみましょう。
リスク①
グループホームの場所は、Aさんの住居と同じ市内であったが、Aさんが暮らしていた場所とは景色が違う為、一人で歩いた場合には、道に迷ったり、もしくは事故にあったりする危険が高いのではないか。
リスク②
Aさんが出ていくのをこっそりついて行くことも考えたが、すぐに出られないこともあるので待ってもらうことになり、Aさんが出たい時に出られない可能性がある。その際に、Aさんが”閉じ込められた“と感じてしまい、居心地の悪さに拍車がかかってしまうのではないか。
望みを叶えない場合のリスク
「危ないから」といって、Aさんの希望を叶えられない(叶えない)場合のリスクについても考えておくことが重要です。
リスク①
自宅で暮らしてた時よりも不自由なことにストレスが溜まり、グループホーム及びグループホームでの生活が嫌いになる。それに伴い、認知症の行動心理症状等の発現も予想される。
リスク②
今まで自宅付近を一人で散歩していた状況があった。入居したからといって、一人で散歩をする能力が本人から失われるわけではない。逆に半年ほど一人で外出しなければ、一人で外出する力が失われるのではないか?
リスク回避のための方法
リスクを抽出したら、リスク回避の方法について検討していきます。
リスク回避の方法①
位置情報(GPS機能)付き端末が入ったカバンを持ってもらい外出してもらう。定期的にGPSを確認し、行方不明及び事故等のリスクが考えられる際には、迎えにいく。
リスク回避の方法②
1人での外出におけるリスク(転倒・交通事故等)と外出を認めないリスク(行動心理症状の発現等)について、ご家族に説明し、一人での外出を行う支援を承諾してもらう。
家族との相談
この計画についてご家族と話し合うことも重要です。
「Aさんは散歩が日課であり、その継続は彼女にとって大切なことである」とご家族にも説明を行い、ご家族の理解を得ました。さらに、GPS端末を購入し、それを使用しての一人での外出についてもご家族から了承を得ることができました。
実際に家族に相談した内容
位置情報付きの端末を購入して頂き、外出時には端末が入ったカバンを持ってもらい、玄関を施錠せずにいつでも出てもらうようにしていきたいことを伝える。
ご家族:「散歩は大切にしている日課なので、母にとってはできないことの方が辛いと思います」と職員が付き添わず一人で外出することと端末の購入の了承を得る。
新たな課題とその解決
「見慣れないGPS端末をAさんがカバンから捨ててしまうのではないか。」といった新たな課題が出ました。
そのため、お年寄りの方ほど捨てないであろうお守り袋を作って入れ、カバンの中に入れて持ってもらうことにしました。
この方法により、Aさんは職員への気遣いをせずに散歩を続けることができました。何度も散歩に出るうちに、Aさんはほとんどの場合で自力で帰って来るようになり、事故も行方不明になることもなく、安全に散歩を続けることができました。更には、散歩中に出会った地域の方々と交流する機会も増えました。
介入による結果
Aさんが「行ってきます」と言われたら、”いってらっしゃい“とカバンを渡し、Aさんの出かけたい時に出かけてもらうようにしました。
職員は位置情報を探りながら、道に迷っていそうな時や、ある程度時間が経った時は迎えに行くようにしました。
何度も散歩するうちに、Aさんはほとんどの場合、自力で帰って来るようになりました。職員へ気遣うこともなく、散歩を続けた数年間で1度も事故に遭うこともことはなく、行方不明になることもなく継続できました。
散歩に出かけ出会った方とお話をされたり、近所の方に大根を頂いたりと地域の方との交流もできました。
事例の振り返り
この事例は、認知症の高齢者がグループホームで生活する際に、個々のニーズに応じたケアがいかに重要かを示しています。自分の生活習慣を継続することが、心身の健康を保つ上で非常に重要であるということを忘れてはなりません。我々は、一人一人の高齢者の思いに寄り添い、彼らが自分らしい生活を送ることができるよう支援していきたいと考えています。
【ポイント】認知症ケアにも有用なGPS端末とは?
GPS端末は、全球測位システム (Global Positioning System) の略で、世界中のどこにいても自分の位置情報を把握することができる装置です。
通常は車のナビゲーションシステムやスマートフォンの地図アプリなどで利用されますが、最近では認知症の高齢者のケアにも役立てられています。
GPS端末の種類
さまざまなメーカーから多種多様なGPS端末が販売されていますが、認知症の高齢者向けには以下のような特徴を持つものが適していると言えます。
シンプルなデザイン
余計な機能が少なく、操作が簡単であることが求められます。また、見た目もあまり目立たず、本人が抵抗感を持たないデザインが望ましいです。
耐久性
日常生活で使用するため、耐水性や耐衝撃性を備えていることが重要です。
長時間駆動のバッテリー
長時間の外出に対応するため、バッテリーの持ちが長いものが望ましいです。
リアルタイムトラッキング機能
現在地をリアルタイムで追跡できる機能は、さまよい行動が問題となる認知症の高齢者にとって必要不可欠です。
GPS端末を認知症ケアに適応する際の注意点
GPS端末は非常に有用なツールですが、利用にはいくつかの注意が必要です。
例えば、端末の持ち主がどこにいるかを把握できるという事実は、プライバシーの侵害となる可能性があります。そのため、利用にあたっては、本人やその家族の同意を得ることが不可欠です。
また、GPS信号は建物の中や地下などで受信が難しい場合があり、それが原因で正確な位置情報が取得できないこともあります。
これらの注意点を理解した上で、適切に運用することが求められます。
認知症ケアは個別の要望に応えることが重要です
グループホームは、住み慣れた地域で住み慣れた生活を継続することを目的とした介護サービスです。
今までの生活習慣を継続するために、本人とご家族、そして事業所や介護職員が一緒になって、一人ひとりの望みに応えることが重要になります。
これからも、株式会社土屋グループでは、「一人ひとりの想い」に寄り添っていきたいと思います。
※画像は全てイメージです。