食生活を見直すpart3〜肉食とスポーツ、そして栄養〜 / 安積遊歩

草食系の人はおとなしいとか穏やかだとかいわれ、最近は静かな男性を草食系男子という風に表現されたりもした。反対に肉が好きな人は活発でエネルギーがあるとみなされ、スポーツをしている人は肉が大事な栄養源といわれることが多い。

ここに『ゲームチェンジャー』という映画がある。これは2019年にアメリカで公開された。この映画はスポーツ栄養学の真実という副題があるように、数々のアスリートを取材している。彼らが何を食べどんな栄養を摂取し、どのように勝敗を決してきたのかを描いている。カール・ルイスをはじめとしたランナーやボクサー、重量挙げ、自転車競技、さらにはトライアスロンなどの菜食主義メダリストたちが次々と登場する。

私自身も20歳からベジタリアンで最近はヴィーガンをしているので、この映画が伝えることには非常に共感した。ヴィーガンは動物の命に対する深い共感から肉食をやめるだけでなく、自分の命と生き方に基づいてヴィーガンを選択する人も多いのだ。スポーツ選手のように勝利を目指してヴィーガンになるという事実。これは、多くの人に驚愕をもたらすものではないだろうか。

つまり長い間肉食はスポーツの勝利のために必然であるとさえ考えられてきた。ところが、選手の中でその思い込みから自由になった人達がいた。この映像は、彼らの過去と今のあり方を丁寧に描いている。その結果、菜食を自分の食生活の中心にしていった人たちが瞬発力、持続力、忍耐力、筋力などの全てが高まるという方向に変化しているのだった。

正直なところ、私も彼らの姿に驚嘆を覚えた。というのも、食生活を変えるというのは、この社会の常識にとてつもなく抗うということでもあるから。特に彼らは肉こそ力の源といわれてきたスポーツ界において肉食をやめるという異端の生き方を選択した訳だから、周りの人々との軋轢は想像に難くない。彼らを心配する家族との関係性も興味深かった。しかし、家族や仲間もまた現実の場面における菜食の効用を目の当たりにし、少しずつ、人によってはどんどん変化していったのだった。

またスポーツ界のアスリートではなく、消防士達の現場での心臓病による死亡率の高さをなんとか下げたいと頑張っていた人の話も非常に興味深かった。肉食をやめることで血圧やコレステロールの数値が劇的に改善されていく様子、ぜひぜひ多くの人にみてほしい映画である。

食肉産業は高度に発達した資本主義社会において、非常に大きな利潤を上げている。肉食が盛んであればあるほど動物の命は大量に失われる。例えば、1秒間に4万頭の家畜や魚類の命が失われているというレポートがある。1秒間に4万頭ということは、10秒で40万頭、100秒で400万頭、1,000秒4,000万頭。つまり、3000秒(50分)では1億2,000万頭の命が失われているのだ。これは、ほぼ日本の人口である。もし人間を食べる生物がいたとしたら、3000秒で日本の人口は全て肉に供されるということだ。

これは近代になって食肉産業が異様に発展しての結果でもある。動物を食べることは、原始時代に種の保存のために必然的に始まったと、長い間いわれてきた。しかしそれは道具を作り出すことができるようになってからのことで、その前には採集から始まっているわけだから、人間の体には菜食があうというレポートも、この映画では報告されていた。

人類の始まりという太古の昔に遡るまでもなく、動物と私たちの関係がここまで搾取的になってしまったのは、戦後のことだ。人間は時には家畜を食べてもいたが、ここまで生き物としての尊厳を踏みにじって食べてはいなかった。

私の母方の祖父は、田んぼや野菜作りが主に生業とする小作農であった。その片手間に田んぼの隅に豚小屋を作り、常に豚を一頭飼っていた。私の誕生前後から小学校にあがる頃までの数年であったかもしれないが。その豚を飼う目的は、寺男(お寺の雑用係のような仕事)もしていたので、お寺や自分の家の残飯をその豚に食べさせてることだった。

数年で大きくなり豚が売れた日は、家族中が集まってご馳走を食べた気がする。ただ、豚は売り物だったので、その豚を食べたわけではなかった。文化や国によっては家族だけではなく村中総出で見守るなか屠殺し、命として尊重し豚をいただく。またニワトリも3〜4羽飼っていたが、貧しい祖父の家ではそれも貴重な財源だったので、祖父の家で卵をご馳走になった覚えもほとんどない。

ところがいつの頃からだろうか。農家の田んぼや家々の庭先にいたニワトリがすっかり姿を消し、どんどん大きな養豚場や養鶏場ができていったのは。毎日毎日ほとんどの人は肉食を続けているが、その肉がどの様に育てられ、扱われ、商品となり、店頭に並んでいるか。その実態や真実をどれくらいの人がきちんと知っているだろうか。そしてそれを知ったとき、それでも肉食を続けたいと思う人は、一体どれくらいいるだろうか。スポーツをしてもしなくても、肉こそがパワーの源なのだという原説と幻想を、そろそろ終わりにしたいものだ。
◆プロフィール

安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

関連記事

TOP