地域で生きる/23年目の地域生活奮闘記138~津久井やまゆり園事件を題材にした映画を見て思うこと~ / 渡邉由美子

2016年7月26日に起きた「津久井やまゆり園事件」は死者19人、負傷者45人という被害者を生んだ大変凄惨な事件です。施設で生活する障がい者を襲ったこの殺傷事件は決して忘れることができないものとして、7年以上の歳月を経た現在も社会に様々な問題を提起し続けています。

昨年の10月13日からその事件を題材にした映画「月」が一般公開され、先日映画館へ観に行ってきました。重度の障がいを持ちながらも23年に渡り、地域で自立生活をしている私は、普段から障がい者運動を通し、社会へ問題提起をしています。自身がよりリアリティのある問題提起をしていくためにも、この映画は覚悟を持って観るべきだと考え、事前にあらすじや映画評論などをしっかり読んだ上で映画館に足を運びました。

映画館の扉を開けてまず頭に浮かんだのは「この映画に興味をもっているのは、どういう人なのだろうか」ということでした。劇場内を見渡すと、案の定若い人はほとんどおらず、大半は年配の人たちでした。

なにげなく聞こえてきた会話からわかったことは、ここにいるのは今の社会の縮図を客観視して捉えるタイプの人たちで、この映画だけでなく、普段から社会問題を扱う映画を見慣れているようだということでした。

そうするうちに重い雰囲気の中、本編が始まりました。障がい者を取り巻く風潮の象徴として、「障がいのある人もない人も、共に生きていける社会をつくっていきましょう」とか、「社会貢献のために障がい者支援のボランティアをした方がいいですよね」とか、「この人たちは天使のような存在だから、大切に温かく見守り、不自由なく暮らせるようにさせてあげましょう」みたいなことがよく言われます。

しかし石井裕也監督による映画「月」は、重い障がいがあることで意思の疎通がむずかしく、支援する側にとっては当事者が何を考えて生きているのか全く理解できないものとして障がい者の方々を捉えています。

「そういった人たちの生活や生き様そのものを、あなた自身どう考えますか?」
観客にそう痛烈に問いかけてくるような内容だったと感じます。

「あなたたちの目に触れている重度障がい者とは、重度のレベルがちがうのですよ」、「この人たちが人間として当たり前の暮らしをしていくことができるように、あなたは日常的に何かしてあげているんですか?」と、本編はもちろん、エンドロールが終わるまで問いかけてくる、そんな映画のつくりでした。

入所施設が開催するお祭りやイベントがある日だけ慰問に行くとか、たった数回面会に行くだけで、彼らと交流しているつもりにはならないでください。1年365日24時間、この人たちの生活は続いているんです。呼吸のサイクルや鼓動といった生命維持の根本のシグナルを用いて「生」というものの本質的な意味を訴えかけられているように感じました。

重度障がい者の入所施設が人里離れた山の中にあるというようなことから考えても、「重度障がいをもつあなたたちに決して不幸になってはほしくないけれど、できれば自分の関係するところや目の前には出てきてほしくない」そんな気持ちが優生思想というかたちで押し殺されているのだということが赤裸々に表現されていました。

重度の障がいをもつ当事者である私は、そんな思想に対し「そうですね」とはもちろん言えませんし、たとえ言葉を介したコミュニケーションがむずかしくても、心拍などを通して体調や感情、抱く想いを表現力豊かに伝えてくる人たちがいることを日々の関わりの中でよく知っています。

また、監督の主張は良いものであると思いますが、これほどまでに強いメッセージ性のある映画は、かえって一般の人々を障がい者から遠ざけることを促してしまうのではないかと考えてしまいました。

そのため、「どうして優生思想を煽るような映画を世に出すのだろう」と考え込んでしまいました。この映画を見てから10日ほどは鬱状態のような感情さえ覚えながら、このような間違った思想の問いかけをどう食い止めたらいいのか、深く深く悩み抜きました。

そしてどんなに重い障がいがあっても、人間はみな平等であり、誰もが日の当たる場所で生きていく権利を持っているのだということを改めて強く認識しました。

この映画を観てなお思うのは、障がいを持つ人に対する正しい認識や理解を深めるためには、この国の教育体制を子どもの頃から日常的に同じ空間にいて、共に学び合う”フルインクルーシブ教育”に、できる限り早く切り替える必要があるということです。

障がい者が交流教育でたまに訪れるお客様ではなく、日常の場に当たり前に存在しつづけられる社会づくりを、再度強固に推進することで、二度とこのような凄惨な事件が繰り返されないようにしなければならないと思います。そのためにも、重度訪問介護の制度を使って、地域で一生、当たり前に生活していくことが重要だと感じています。

この事件の犯人は、もともとは重度障がい者と対等に向き合い、真っ当なサービスを提供しようとしていたといいます。だからこそ施設そのものが閉鎖的で、職員が心身ともに追い詰められてしまうような環境でなければ、このような事件は起こらなかったと思います。犯人のしたことはもちろん決して許されるべきことではありません。ただ彼にそうさせてしまった社会的背景も少なからずあったと私は考えます。

最後に、声を大にして伝えたいのは、障がいをもつ人が社会の中で必要な支援や介護を受けることは当然のことで、またそのことに目を背けず、障がい者と積極的に関わろうとしてくれる人は意外とたくさんいて、共生という考え方は少しずつ、でも着実に社会に根付いてきているということです。

古く間違った思想を広げるような映画の制作者はすぐにその間違いに気づいてほしいです。そしてその思想を広げない為には、人々の共生が必要不可欠なのです。

たくさんの人々が将来共生社会に仲間入りしてもらえるよう願って、私は障がい者運動を続けていこうと決意を新たにしています。

 

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を精力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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