【「小さな声」を探し求める―「個」が躍動する組織のつくり方― 書評】第2回 S1グランプリ

生活全体を包むということ

「生活全体を包むのが見守り。」
クライアントと関わる中で私が大切にしてきた想いが、この一言に凝縮されているように感じました。

私はこの言葉に、訪問介護の本質が込められていると感じました。
遊歩さんのお話の中に、アルコール依存症だった代表を、家族とともに数日間静かに見守った経験について語られていました。

医療による介入ではなく、ただそばにいて、本人が持つ回復する力を信じながら支える。その日々を通して、重度訪問介護の根幹である「見守る」という行為の力を実感したと書かれていました。

「見守る」とは、ただ何もせずにそばにいることではありません。
その人の力や可能性を信じ、本人の意思を尊重しながら、その人らしく生きる時間を支えることです。

食事や排泄、入浴など一つひとつの介助だけではなく、喜びや不安、人とのつながり、その人が歩んできた歴史まで含めて、生活全体を包むことなのだと思います。

本の中に、「人間は寄りかかられ、寄りかかることでかろうじて垂直を保てる」という言葉がありました。
この言葉から、支えることと支えられることは、決して一方通行ではないのだと改めて感じました。

私自身、クライアントを支援しているつもりでいながら、実際には多くのことを教えていただき、笑顔や言葉に励まされ、支えていただいています。

人は誰かに寄りかかり、また誰かに寄りかかられながら生きている。
その関係こそが、「共に生きる」ということなのだと思います。

私が介護という仕事を選んだ原点には、父の存在があります。
父は63歳でパーキンソン病を患い、晩年はさまざまな病気を抱えながら、何度も入退院を繰り返しました。

私は父を少しでも支えたいと思い、一度離れた介護の仕事に戻ってきました。
現場で学んだことを父のために返したいという思いがあったからです。

しかし父は自宅へ戻ることなく旅立っていきました。

それでも入院中、父が私に伝えてくれた言葉があります。
「お前はすごいな。入院してみて初めて介護の仕事の大変さが分かった。」
そして、「お前の笑顔は、小さい頃から何も変わらないな」「その笑顔は、人の助けになるな」と言ってくれました。

その言葉は今も私の心に残り、介護職員としてクライアントと向き合う私を支えてくれています。
父を十分に支えることができなかったという思いはありますが、父との時間や言葉もまた、今の私へと繋がっているのだと思います。

私はクライアントに、「介護をする人」として記憶されたいのではなく「今日も会いに来てくれたね」「また来てね」と思っていただける存在でありたいと思っています。

「ありがとう」と言っていただくことももちろん嬉しいですが、私は「また来てね」という言葉に、より大きな喜びを感じます。
それは、支援を受けた相手としてではなく、その方の日常の一部として受け入れていただけたように感じるからです。

そんな瞬間に触れるたび、私は人が好きなんだな、と改めて思います。
父との別れ、そして父が亡くなってすぐに認知症になった母との関りを通して、私は介護とは何かを考えるようになりました。

私は、介護は何かをして差し上げる仕事ではなく、その方の人生をご一緒させていただく仕事だと考えるようになりました。

代表が会社の歴史を残そうとしたのも、過去の出来事を記録するためだけではなく、創業から大切にされてきた想いや理念を、次の世代へ受け継ぐためだったのだと思います。

「生き延びることの肯定」「つながりあい、ささえあう場の創造」「探し求める小さな声を」。

これらの理念は、掲げているだけでは形になりません。目の前にいる一人の声にならない小さな声に耳を傾け、その人の力を信じ、生活全体を包むように関わることで、初めて生きた理念になるのだと思います。

私もその理念を、言葉ではなく日々の関わりの中で紡ぎ、一人ひとりの生活全体を包める介護職員でありたいと思います。

関連記事

TOP