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地域で生きる/21年目の地域生活奮闘記63~介護体制が再生されてきて考えること~ / 渡邊由美子

土屋ブログ(介護・重度訪問介護・障害福祉サービス)

この原稿を書いている日は、東京でオミクロン株の感染者が1万人を超え、再び厳戒体制の要請が出始めているため、家事援助を中心に家の中で出来ることを介護者に伝えながら過ごしています。伝えることが難しいと思う日中の過ごし方でした。

さて、少し前のこの文章にも書きましたが、年末に病死の為に私の前から消えてしまった、足かけ5年間、地域生活を夜勤中心に支えてきてくれた介護者がそろそろ一ヶ月本当に来ないという現実は、日を追うごとに私の心に空虚感をもたらしています。

最初に悲報の知らせを受けたときには、悲しみを覚えている暇も無く、自分の介護にその知らせを受けた夜から穴が開いたそれをどう地域で暮らし続けるかということに必死でした。まだその穴も完全には埋まりきっていません。しかし、さすがに一定の目途がたつ兆しが見えてきました。

そんな中で、最近21年目が終わろうとするときになって、とても反省していることがあります。いままで私は様々なことに理想が高くありました。しかし、日常の生活をおくることができるということだけでも幸せであるということに気が付いたのです。

現代では、どんなに行政交渉をして介護の必要性を行政に認めていただき介護時間数がとれていたとしても、介護の人材が確保できて初めて時間数を活かした自分らしい生活が可能になるのです。
(介護時間数をとること自体、今のご時世とても難しくなっていて、人工呼吸器をつけているなど、医療的ケアが濃厚でも、介護時間数がもらえない状況です。)

上記のようなことを踏まえれば、相対的に見て私が生活している介護環境はなんと恵まれていることかと改めて気づかされました。あまりにも常に介護者の方が私のそばにいて私のわがまま?な要求や指示を、仕事だから仕方がないと思ってやってくださっていたのだということを再認識しました。

時間数があったとしても、介護者が常に私のそばにいるということは決して当たり前のことではないのです。亡くなられたという一報を受けたその日は、その亡くなった人が所属していた事業所から、どうしても介護者が派遣できませんでした。
(なぜかというと、その事業所は子育て中の介護者がほとんどなので夜勤はできない、またサービス提供責任者兼コーディネーターも椎間板ヘルニアになっていて介護ができる状態ではありませんでした。)

責任者の立場にある人が自分の身体を痛めている事例はなにもこの事業所に限ったことではなく、過重な労働を続ける中で怪我しても完治していないまま働いている介護者は私の知る限りでも複数います。

本当は介護者自身の身体の健全を維持するため、そしてきちんと利用者のケアができるという観点からも放置してはいけないと思うのですが、そんな状態を抱えながら日々が過ぎていっている常勤、責任者級の介護労働問題は課題としてはとても大きなものだと思います。

そんな事情で、まだ夜勤の研修をしていないけれども、将来的に夜勤をやってもいいと言ってくれていた学生ヘルパーを急遽頼んで、年末年始を乗り越えました。ベッドに寝てしまうと夜中のトイレ介護方法が習得されておらず、トイレに行けなくて困ってしまうので、日中使っている電動車椅子をフルリクライニング状態にして就寝するということを久しぶりに行いました。

自立生活を始めた当初は介護者がいない時間、少しでも身動きが取れるようにそんな夜を過ごすとも珍しくはありませんでした。でも、ここ10年くらいはそんな夜はありませんでした。

私の生活上のこだわりは奇妙なところにたくさんあり、そのこだわりを人の手を借りながら忠実に守って自分の家をキープしていきたいという思いが、今まではすごく強かったです。

でも今回、本当に自分の家で生活することができなくなってしまうかもしれないという危機感が迫ってきたとき、たとえば料理をするときは洗ってしまってあるものであっても必ず水洗いしてから使って欲しいとか、汚れがひどい洗濯物は下洗いを手でしてから洗濯機に入れて欲しいみたいなこだわりは、地域で生きていられるというレベルの生活においては本当にどうでもいいこだわりであることを再認識しました。

今は非常に介護者に困っている状態なので、いてくれるだけで、生活をさせてもらえるだけでよいと思っているので、どんな介護者でも天使にみえる状況です。この気持ちを生活が落ち着いても持ち続けて、来て下さる介護者の方たちの方も私の生活を長年支え続けていきたいと思ってもらえる介護者との関係を持続可能なように、お互いを思いやり、生きていくためにはどういう発言行動をしたらよいのか悩み続けています。

とにかく、口は禍の元であまり介護者達に好かれる生活ができていない自覚はありながらでも、地域で暮らし続けていきたいと思います。

亡くなった介護者に、天国から成長した私を見守ってもらえるよう、介護者との関係性の円満さを継続できる生活をしていきたいと思います。

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

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