【「小さな声」を探し求める―「個」が躍動する組織のつくり方― 書評】第2回 S1グランプリ

「小さな声」を探し求める

「俺って間違っているのかな。」
桃の花が芽吹き始めた頃、老健施設で働き始めて3か月ほど経った私は、日々のケアの中で言葉にしづらい違和感を抱えていました。

実務者研修で学んだ「尊厳のあるケア」を実践したいと思って入社したものの、現場では時間に追われ、どうしても「作業」としてのケアになってしまう。

そのもどかしさを同僚の看護師に相談した際、ホームケア土屋の話を聞き、訪問介護ならより丁寧なケアができるかもしれないと知りました。

そこから、訪問介護に挑戦する決心を固めました。

管理者の方からホームページを見るよう勧められ、初めて重度訪問介護という領域を知りました。
また、USJへ旅行されたクライアントの事例を読み、胸の奥にあったモヤモヤの正体が少し分かった気がしました。

「誰かのためになることの喜び」。
新卒で損保会社に入社し、代理店を駆け回っていた頃、どれだけ忙しくても、上司に叱られても、「ありがとう」という言葉がすべてを前向きに変えてくれました。

大きな契約そのものが嬉しいのではなく、誰かを喜ばせることが嬉しかったのだと、改めて思い出しました。

その後、より多くの人の役に立ちたいと米国へ留学し、修士号を取得。
帰国後はE-commerce企業に入社しましたが半年で退社し、再び損保業界へ。

外資系企業で働き、本社から逆出向のオファーをいただいた頃には、もう「誰かのため」ではなく、評価や高給に酔っていたように思います。

しかし、ドイツでの勤務では、保険引受の判断業務にやりがいを見いだせず、ドイツ語も上達しないまま、街でもレストランでも疎外感を覚えました。

人種差別かもしれないという思いが心を重くし、限界を感じて帰国を決意しました。

帰国後は、有機農家見習い、塾講師、レタス収穫、個人輸出、ゴルフ場管理など、さまざまな仕事に挑戦しましたが、どれも長くは続きませんでした。

そんな中、友人から山梨の家を買わないかと誘われ、貯金も尽きかけていた私は移住を決断。その後、ハローワークで紹介された実務者研修を受講したことが、介護の世界へ進むきっかけとなりました。

遠回りの多い人生でしたが、今は自分が何を望んでいるのかがはっきりしています。
人のためになる仕事がしたい。

それは矛盾するようですが、自分自身の喜びのためでもあります。
ちやほやされる快感も、ドイツで味わった疎外感も、人は承認されたい生き物であり、感謝されることで満たされるのだと教えてくれました。

今回この書籍を拝読し、土屋にはさまざまな人生経験を持つ方々が働いていることを知りました。
人は人生という激流を経て、少しずつ丸くなっていくものなのだと気づかされました。

支援に入る際、ふとクライアントの歩んできた人生を想像することがあります。
人生に「間違い」などない。

どんな人でも、私のような人間でも、生きているだけで確かな価値がある。
今はそう思えるようになりました。

「失敗ばかりの自分だけれど、それでも最高だ。」
そう胸を張って言えるようになったことが、何よりの収穫です。

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