社内公募企画第9弾「私の恩人のはなし」 / 中野八重(ホームケア土屋 九州)

この題名を聞いてすぐに頭に思い浮かんだのは今の夫でした。

私は、小学校低学年の頃に両親が離婚し、父は仕事で忙しく、父方の祖母や叔母と暮らしていました。

友達にも恵まれ、家に大人もたくさん居て寂しくはありませんでしたが、とても過保護に育てられたのだと思います。
門限があり、遅くまで遊んだり、外で異性と歩いていれば父に見つかり、大声で怒鳴られることもありました。

そんなことも関係していたのか、自分の気持ちや表情を表に出すのは苦手な子供でした。

高校を卒業するまでは自分の部屋も持つことができず、某ファーストフード店やスイミングコーチのアルバイトをしながら、大学入学と同時に一人暮らしを始めました。

当時遅めの反抗期を迎え、半ば無理矢理家を出た私は考えが甘く、祖母や叔母に料理を習わなかった事を非常に後悔しました。

そして、本来集中すべき学業に専念することができず、アルバイトに明け暮れる大学生活を過ごします。

大学生活でも自分の気持ちをなかなか上手く表現することが出来ずに、友達とぶつかることが何度かありました。

そのうち、私は喧嘩をしたり、話し合いをすることが怖くなり、さらに自分の気持ちを押し殺してしまうようになりました。

上手く自分を表現できないまま社会人として働きだした私は、話し合いが苦手だということを克服できずにいました。

そんなときに今の夫と訪問介護の仕事で出会う事となります。

当時転職活動をしていた私は、訪問介護事業所の面接を受けます。
その時の面接官…ではなく、お茶を出してくれたのが夫でした。

単純な私は
『あっ、イケメンがおる…ここに就職しようかな…』なんて事を考えていました(笑)

無事に採用となり、私と夫は一緒に働くこととなります。

同行についてもらったり、空き時間に雑談をしていくなかで、夫も両親が離婚しており自分と似たような境遇だと知り、すぐに距離は近づきました。

そんな夫の第一印象は
『放っておいたら消えてしまいそうだな』でした。

どこか人生を諦めているような、そんな雰囲気を感じました。

後に、私と出会わなければ本当に人生を諦めていたかもしれない。それでいいと思っていた。と笑いながら話していました。
笑い事じゃない…!

冒頭に戻ります。
ここまでの話を聞いて、人生を諦めかけていた人が恩人か?と思うかもしれません。

でも、夫は2年の月日をかけて、私の至らないところは本気で叱ってくれ、良いところは本気で褒めてくれました。

本気で怒られたことや、本気で褒められたこともなく、自分を表現することが苦手な私は、ものすごく戸惑いました。

それでも、2年という月日は私を変えるには十分な時間でした。

『本音を言ってもいいのかな…?』

たくさん喧嘩して、泣いて、たくさん笑って、人生を諦めていた男と、自分を表現できない女は、2021年に結婚することとなります。

今では自分の気持ちも相手に素直に伝えることができ、避けてきた話し合いもできるようになりました。

これは今のコーディネーターの仕事にもとても活かされており、夫には感謝をしてもしきれません。
本人には言いませんが(笑)

この話を書いていて、最近は相手を大切に出来ているか?会話はしているか?反省点がいくつも出てきました。

『初心忘るべからず』

反省点はこれから活かしていこうと思います。
とりあえず帰りにスイーツでも買って帰ろうかな?

私達はお互いに足りない部分を支え合って、これからも生きていくのだと思います。

 

中野八重
ホームケア土屋 九州

 

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