『異端の福祉』S1グランプリ 受賞作品【 銀賞 】香山里美(土屋ケアカレッジ 研修品質所属)

歴史から知る障害者福祉と今のわたし / 香山里美(土屋ケアカレッジ 研修品質所属)

世の中の様々なことがらや仕組みを理解しようとする時、「今」を見るだけでなく「歴史の変遷」を知ることが第一歩だと思っている。歴史には今に通ずる道筋がたくさん隠されている。

現在、私は福祉教育関連の業務に就いているが、福祉制度の仕組みに強い関心を寄せていたわけではなく、好奇心をくすぐられるようなきっかけもなかった。今回「異端の福祉」を読むことで、現在の障害者福祉制度の理念へ辿り着くまでの歴史的な流れや関与した人々の思いに触れ、本当の意味で世の中の仕組みを造っているのは、「小さな声」の集まりなのではないか。その声に反応し、行動する人たちの信念はどのように生まれたのか。私の好奇心がムクムクと動き出した。

調べていくと面白いことに、古くは「古事記」「日本書紀」に既に障害者に関する記述が存在していた。また、江戸時代では幕府も民衆も「慈悲は善」とされ、盲人など一部の障害に対して手厚い施策があったようである。しかし、封建社会において、それは「上」から「下」への考え方であり、藩の持つ力の大きさにより対応にも差が生じていた。

異端の福祉の文面でも、中西・上野氏による「当事者主権」の定義の提唱や障害者福祉に対する自治体の財政負担についても記されている。昭和の時代に入っても、障害者への意識は「慈悲」が色濃く残り、地方財政による地域格差や人々の熱意の差など課題は同じだった。悠久の時を超えてもまだ、なお…なのだ。

次に障害者福祉に力を注いだ人物についてだが、応益負担の仕組みの改革運動で戦った新田氏、そして同じく障害者・労働運動に参加した高浜代表。
活動する中で必死に学び、戦略を練りつつも疲弊していくその姿は、幕府と朝廷のはざまで世の中を変えようと紆余曲折、試行錯誤した満身創痍の幕末の偉人たちの姿と重なって見えた。

「至誠にして動かざる者は、未だあらざるなり」これは吉田松陰の名言だが、「誠をもって当たれば必ず相手を説得できる。信じて行う時、結果を恐れてはならない」という意味だ。私自身、時にこの言葉を言い聞かせ、よし!と思えるのだが、巨大な組織はそう簡単に動かせないのだと文面から落胆や怒り、焦りが痛いほど伝わってきた。

しかし、世の中の仕組みを変革させた偉人たちも、きっと何度も何度もこの苦い思いを味わってきたからこそ、理想を現実に近づけることが出来たのだと日本の歴史が証明しているぞ!などと心の中で妙な声援を送りながら読み進めた。

事実、高浜代表は再び立ち上がり、「介護難民を支援する」「福祉を夢のある仕事にする」この二つの目標を掲げられた。そのための戦略を二宮尊徳の言葉を引用し、道徳と経済のバランスについて説かれている。

二宮は「人の短所を捨て、長所を友とするのだ」と、人の優れた部分を見つけることの大切さを説いている。
この思想は多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍する土屋の姿でもあると感じた。人には皆、様々な能力が備わっている。それは障害者も同じで、障害が備わっているとも言えるのではないか。備わっている人だからこそわかること、感じる事、できる事があるのだと思い始めた。

そして支える私たちは自分に備わった能力を発揮する。ある人は大工道具で研修環境を整え、ある人は頭の中のそろばんで道徳と経済の均衡をとり、またある人は車いすを押し自然の中へと案内したり。取得した資格で痰を吸引し苦痛を取り除く人もいる。

個人の力だけでは大きく世の中の仕組みを変えることは難しい。しかし、1人1人が自分に備わった能力を大切にし、自身のいる位置で活かせる「場所」があれば間接的にではあるが、障害者福祉の取り組みの一端を担えるのではないだろうか。

最後になるが、タイトルにある「異端」という言葉を辞書で調べてみると、異端とは「一般的に信じられていた権威のある正統から外れていること」「先例に従わないこと」とある。しかし、一方で「新例を開くこと」「従来のやりかたと全く違う方法で結果を出す特殊な感性や考え方」とある。

現代の日本があるのも異端とされた偉人たちが「小さな声」を拾い集め、理想とするものに向かって諦めず、それぞれが持つ能力で戦略を練り、成し遂げた功績だ。

歴史を知って今を見る。福祉の辿ってきた足跡に触れるきっかけを頂き、自分がなぜこの仕事を大切に思えるのかがわかってきた。高浜代表の著書に深く感謝申し上げたい。

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