
その声を、見落とさないために/森井 真一(ホームケア土屋沖縄)
本書を読み終えたとき、私は自分のこれまでの歩みを、もう一度静かに振り返らずにはいられませんでした。
16名の語り手が綴られた言葉の一つひとつが、私自身が長い回り道の末にようやくたどり着いた場所の意味を、改めて教えてくださったように感じたからです。
私が古着のネット販売を始めたのは、35歳のときでした。きっかけは病気でした。
その年、私は潰瘍性大腸炎を発症し、長く苦しい時間を過ごしました。
外出もままならず、体重は落ち、誰にもこの苦しさは分かってもらえないだろうという諦めの中で私はただ独りぼっちでした。
あの頃の孤独は、今思い出しても胸の奥がしんと冷たくなるような感覚です。
そんな中で、自宅から一歩も出ずに続けられる仕事として始めたのが、古着のネット販売でした。
リサイクルショップから入れ替えで処分される古着を、ゴミ同然の値段で仕入れネット上で並べて売る。
利幅は確保しやすく開業当初から数字も伸びました。
幸いにも、しばらくして病気は寛解しました。
あのとき、誰にも理解されないと感じていた孤独を思い返し、私は静かに誓ったのを覚えています。
「もし、同じような苦しみの中にいる人がいるなら、いつか自分も誰かの支えになれる人間でありたい」
けれど、現実の私はその誓いをいつしか忘れ、画面の上の数字ばかりを追いかけるようになっていきました。
健康を取り戻したはずなのに、心のほうは商売の伸びとは反比例するように、どこか乾いていったのです。
アクセス数、転換率、原価率、利益額――並ぶ数字を見ているだけで一日が終わる。
画面の向こうにいるお客様の顔を、私は一度も思い浮かべたことがなかったように思います。
その商売は、円安をきっかけに音もなく崩れていきました。
資金力をつけた海外のバイヤーが、私たちの仕入れ先であったリサイクルショップに、より高い値段を提示してまとめ買いを始めたのです。
仕入れ先は次々と売り先を海外へ切り替え、私たちのもとには誰にも引き取られなかった残り物だけが回ってくるようになりました。
商品は売れず、在庫だけが増え、最終的に事業は別の方へ譲渡するかたちで終え、廃業同然となりました。
悔しさよりも先に湧いてきたのは、深い納得でした。
数字によって積み上げてきた実績は、ちょっとした為替の変化で簡単に駆逐されてしまう。
なぜなら、私はお客様のニーズという「本質」を、最後まで一度も見ていなかったからです。
安く仕入れて、高く、簡単に売る――その先に、誰がいて、何を求めていたのか。
私は答えられませんでした。
寛解したときに誓ったはずの「誰かの支えになりたい」という願いは、いつの間にか私自身の手から滑り落ちていました。
そんな私が、ご縁あって土屋にたどり着き、本書を手に取りました。
読み進めながら何度も胸を打たれたのは、宮本武尊さんが「フリーターから取締役へ」と歩まれた章、そして笹嶋裕一さんの「何者でもない自分」という章でした。
お二人とも、最初から確かなものをお持ちだったわけではなく、迷いや挫折を抱えながら目の前の一人ひとりと向き合い続けることで、ご自身の道を切り拓いてこられたことが綴られています。
完璧な経歴や明確な志などなくても、ただ誠実に、その場に立ち続けることから始められるのだと、お二人の歩みが教えてくださいました。
そして本書を通して私が最も深く考えさせられたのは、大山景子さんが最後に従業員へ向けて書かれた
「過度の利益追求に走らない」
「自分の仕事を誇りに思ってほしい」
という一節でした。
この言葉を読んだとき、私は前職での自分の姿を重ねずにはいられませんでした。
私が破綻したのは、為替のせいではなく、利益と効率の先にいるはずの「人」の顔を、最後まで見ようとしなかったからなのだと、ようやく言葉にすることができたのです。
高浜代表が「はじめに」で書かれている「小さな声」を探し求めるという理念。
それは、声の大きな成果や派手な数字ではなく、目の前のお一人の消え入りそうな声に耳を澄ませ続けるという、地味で、けれど何より尊い姿勢のことだと、私は受け取りました。
あの病床で独りだった35歳の私が、誰かにそうしてもらいたいと願っていた、まさにその姿勢です。
土屋という会社が、その姿勢を「文化」として組織の中に根づかせようとしていることに、私は深く心を動かされました。
私はまだまだ未熟です。けれど本書を読み終えた今、私はようやく胸を張って思えるようになりました。
誰かの一日を支える仕事なのだと。
あの寛解の日に誓った願いに、ようやくほんの少しだけ近づけている気がします。
足下に泉あり――。
よそ見をせず、目の前の地面を掘り続ければ、いつか必ず甘い泉が湧くと信じて。





















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