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地域で生きる/22年目の地域生活奮闘記82~姪の結婚式に出席して思う事~ / 渡邉由美子

6月がジューン・ブライドと言われ、憧れを持っていたのは私の世代の話なのかもしれません。そんな中、私の姪が6月に結婚式を執り行いました。それは私的な話であって、一見煌びやかで羨ましい、姪の人生の順風満帆さを物語る出来事でした。

私は若い頃から結婚にも就職にも一定の憧れを抱いて生きてきましたが、遂にそのような機会には恵まれることなく、現在に至っています。もちろん重度障がいを持っている人々でも結婚もしていて、子育ても経験し終え立派に一人の人を世に送り出すという大仕事をしていらっしゃる障がい当事者の諸先輩方もいます。

そのような事を思えば、私の単なる努力不足で結婚が出来なかっただけという見方もできます。しかし正直な所、私がそういった機会を得られなかったことは、健常者と障がい者が子どもの頃から分け隔てられて育つ事が当たりまえの、現代の格差社会の縮図を如実に物語っているように感じてなりませんでした。

姪の夫になった方の親戚や両親は初めて出会う人々なので、彼らが、私がその場に来たことをどう受け止められるのか不安を抱きながら、同時に気後れ感を目一杯感じている自分がいました。

それでも私は自分の置かれた境遇の中で精一杯最善を尽くして生きているのだし、何も恥ずべきことは無いと自負しながらも、久々に自意識過剰なレベルにまで世間体を気にしつつ、当日を迎えた私でした。

なんやかんや言いながらも、赤ちゃんの頃から見ていた姪の幸せを願う気持ちは人一倍あったので、普段着慣れない衣服に身を包み、普段と違う雰囲気の自分を目一杯装い、前々から準備をして気合を入れて式場へ向かいました。

しかし、当日式場に入ると、不安を感じながらもルンルンで準備をしてきた自分が滑稽に見えてきて、自分で自分に苦笑いが込み上がってきました。何がそうさせたのかと言うと、結婚式場に流れる空気が優生思想の塊の様な空間であったからです。

私は「優生思想の蔓延る社会は変えたい」という運動を日頃行っております。しかし、このような場所に出席しようとしただけで、気後れという形で、優生思想への怒りが顔を出してきたのです。

姪が結婚したお相手のご両親や親せきの皆さんの目に私の重度障がい者ぶりはどう映っているのかとても気になりました。場違いな雰囲気の中で必死に少しでも普通っぽく見せるにはどうしたら良いかと気を遣い、そんなことを努力したところで健常者にはなれないのだから、ありのままの自分を理解して受け入れてもらうしかないと開き直ったりもしつつ、複雑な心境に渦巻いて夢うつつな感覚に襲われました。

普段食べている物とは全く違う、ナントカのテリーヌとかカントカの冷製とかいうお料理が次々と運ばれてくるのを恐る恐る食していきながらも、この何とも言えない違和感はどこから来るものなのかと至って冷静に考えながら過ごしている自分がいました。

80代の半ばを過ぎても認知症にならず、ふらつきながらも嬉しそうに孫の晴れ姿を眺めている両親を見て、こういう場も必要なのだと気を取り直し祝いの席を楽しむ気分にやっとなれた私でした。

健常者と言っても、ひとくくりにすることは決してできません。様々な事情や状況を抱えて同じ社会を生きていく中で、順風満帆な暮らしになれない健常者の方も沢山います。そして、順風満帆に見える姪に、これから何があってどんな苦労を抱えるかどうかなど、誰も知る由はないのです。

彼女は、結婚したらすぐに子どもが欲しいという話もしていました。その子どもを成人まで育て上げる過程で、今まで絶対に大丈夫と言われる企業に入っていたり、この資格を持っていれば必ず社会のエリートになれると言われたりする状況だったとしても、大きく変容している社会情勢の中ではどうなってしまうのかという予測が完璧に的中することなどありません。だからこそ、生きるということはそれ自体が大変なのです。

重度障がいを持つことで少々社会を斜めに眺めながら生きている私にとっては、挙式や披露宴に出席して常に笑顔を絶やさず人に気を遣って一つの空間を成り立たせようとしていること自体、どうしても絵空事に思えてしまいました。

何ともいたたまれない感情を何度も押し殺しながら過ごす時間は、こういった様々なことを淡々と考えてしまう妙な時間でした。
相手の親戚や両親にはもう2度ときっと会う事も無いと思えば、どう思われていたとしても気にする必要は全く無かったのかもしれません。

どちらかというと、私の中の障害に対する劣等感の再燃が結婚式という晴れの席で再び悩みを深くしたのでした。
そしてそれが私の中に残っていた内なる想いなのだと再確認しました。
そんな意味では、ある意味大変良い機会を与えていただいたと思わずにはいられません。

優生思想の撲滅は、障がい当事者自身の内なる自分の再認識とその克服とセットでなければ実現できないことであると改めて考えることができました。

祝宴の席に招待してくれた姪に感謝をしながらも、こうやって色々と社会構造を考えてしまった私です。
それでも、優生思想が蔓延る社会を変えていく必要性は、絶対にあるので、粘り強い障がい者運動をこれからも威信を持って続けていきたいと改めて実感したのでした。

 

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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