地域で生きる/23年目の地域生活奮闘記123~心穏やかに日々を暮らすことを学ぶ機会を得たことについて~ / 渡邉由美子

私は口がよく動くと様々な人に言われます。身体の他の部分が動かないことを考えたら、それは本当に事実だと思います。この原稿を書くにあたっても全て口述筆記で行っています。

また日常の全ての事柄について私がどうしたいかを言葉で表出し、介護者に伝えることで一日が始まります。一日が終わる頃には、その指示も就寝によっていったん途切れ、夜中でも早朝でもなにかやって欲しいことがあれば、その時々で介護者に声をかけます。

そうしながら23年目という長いようなあっという間のような自立生活を成り立たせてきました。なぜそんなことを改めて書き始めたかというと、日々「伝える」と「伝わる」ということの間にとてつもなく分厚い壁があり、意志通りに物事を進めていくことがむずかしいと感じるからです。

しゃべれるからこそ語彙が多すぎて、何が言いたいのか、何からやりたいのかといった重要度や優先順位が伝わっていなかったり、伝わりにくかったりといったトラブルが日常茶飯事で起きています。

それにいちいち感情的になっては身が持たないとは思いつつ、やはり「自分で出来たらこんな回り道はしなくてすむのに」とイライラしてしまうこともあります。また健常者であろうとこんなに一度にたくさんのことは出来ないというようなボリュームの物事を介護者に求めてしまうこともよくあります。

これは長年私が抱える課題なのですが、なかなか上手な解決策が見つけられずにいます。自分のしたいことが相手にも想像できる内容であれば比較的伝わりやすいですし、比喩で表現できるものはいいのですが、相手が知らないことや「かゆい」「痛い」といった私にしかわからないことを伝えることは非常にむずかしいと感じます。

その伝わらなさを体感できるシミュレーションゲームがあります。シミュレーションでは、親しい人とペアになり、相手に図形や単純な絵を用いて口だけでその内容を伝えるという作業をしてもらいます。

実際にやってみると思いのほか相手に伝えるのがむずかしいということがわかると思います。長年連れ添った夫婦や結婚直前の彼氏と彼女であれば「わかってあげたい」という気持ちが強く、伝わり率がよかったりするのかもしれません。

しかし多くの場合、相手の意図が伝わらなくてイライラする人と、一生懸命伝えようとしているのになんでわかってくれないんだと思う人のそれぞれの感情が交錯して、次第にすれ違い、ギクシャクした空気になってしまいます。

重度訪問介護の利用者と介護者の関係性でもそれは往々にしてあります。両者の間でうまく意思疎通ができず、お互いのフラストレーションが溜まり、いい関係が成り立たなくなってしまうのです。

介護者の中にはそういう状況になってしまっても「思うところはあるけれど、仕事だから」とある程度我慢してくれる人もいる一方で、「こんなにコミュニケーションが上手くいかないのであれば、ここでは続けられない」と見切りをつけたがる人も多いのが現実です。

先日、そういうむずかしさと上手に折り合いをつけながら、長年介護者といい関係を築き続けて生活している先輩障がい者に出会い、改めて初心に返って我がふりを正したくなる機会を得ました。

その先輩は言語障害をもっており、慣れていない人には聞き取りにくいうえ、私のようにたくさんの言葉を並べ立てて介護者に指示をすることは出来ません。それなのに的確でわかりやすい指示を、終始余裕のあるニコニコとした表情でゆったりと伝えているのを見て、感心するばかりでした。

その日はちょうどお昼時で、先輩は介護者に料理をしてもらっていました。彼女は長時間車椅子に座っているのがしんどいため、ベッドに横になっていました。それにも関わらず、鍋の中で食材がどうなっているのかをしっかり想像できているようで、二手先ぐらいの手順を的確に指示しているのです。

時には鍋をベットサイドまで持ってきてもらい、鍋の中を覗き込んでは味付けの指示までして、ほんの1時間ほどの間にやさしい味わいの手料理を3品ほど完成させ、私にもふるまってくれました。

昔はもっと手の込んだものもデザートまでも手作りしていたそうです。亡くなられた旦那様の胃袋を手料理で掴んで結婚し、子供も立派に育て上げたといった話を聞かせてくれました。

ここ最近の私は心身ともに余裕がなく、いつも「時間がない」という言葉でなんでも片づけてしまっているところがあります。時間は誰にとっても平等に与えられるものですが、その時間を優雅に使うか半端に使うかによって人生の質が大きく変わっていくのではないか、とつくづく感じました。

私には人前に立って自身の自立生活の実体験を語る機会が多くあります。また障がいをもつ若者向けに、施設入所ではなく自立した地域生活を送ることへと心が向くような講演活動もたくさんしています。

「あの人は活動の時は偉そうなことを言うけれど、自分の生活自体はトラブルだらけみたい」といった悪評が立たないよう、自身も介護者もお互いに心地の良い関係を築き、共に1日1日を紡いでいくという自立生活の基本に立ち返った暮らしを、襟を正してし直していこうと思います。

 

◆プロフィール

渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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